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2010年4月23日 (金)

「パネェ」、言葉と仲間意識と多言語国家の矛盾

「パネェ」って言葉知りませんでした。

中途半端じゃない → ハンパじゃない → ハンパじゃねぇ → パじゃねぇ → パねぇ → パネェ、と変化してできた言葉で、その意味は「中途半端じゃない」であるという。

じゃあ何故「中途半端じゃない」ではいけないのか。それでは長すぎて時間の無駄だということもあるでしょうけど、それよりも、その意味を知っている人だけで集まって仲間と呼び合うためではないかと思います。

パネェを使えない人を疎外して、使える人だけがその仲間に加わることができる。そのうちパネェが普及してみんなが使うようになると、きっとまた別の言葉が創造されるでしょうね。

人は一人では生きていけないので、集まって集団を作ろうとするけど、人類全体が一つの集団になると、それもつまらないからその集団の中で特別な集団を作ろうとします。その特別な集団が大きくなり過ぎると、またその中に別の切り口による特別集団を作りたがる。

一人と全員集団との間に仲間意識を一番強く感じることができる最適な規模の集団があるはずで、この類の言葉はその最適規模集団を追求しつづける。

言語は通じ合う道具として存在するのに、通じ合わないことで仲間意識を強くすることにも使われる不思議なものです。

大昔、神はバベルの塔を作って天に挑戦しようとした人類から共通語を奪いました。通じ合う小集団に分割されて、国や国家ができたのだとすれば、中国のように1つの国の中に通じ合うことができない多くの民族がいるのはやはり不自然なのではないでしょうか。

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