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2010年9月

2010年9月26日 (日)

尖閣諸島で思いだすカノッサの屈辱と日米修好通商条約

尖閣諸島で逮捕した中国漁船船長を処分保留のまま釈放したニュースを聞いて、思い出した言葉が2つありました。

その1つ目はカノッサの屈辱です。神聖ローマ帝国の皇帝ハインリヒ4世がローマ教皇グレゴリウス7世に敵対し、はじめは強気に出ていたけど、破門されて国が混乱したため教皇に謝罪せざるを得なくなった、1077年の事件です。この後、ローマ教皇庁は、ことあるごとに、皇帝ですら教皇にひざまずいたと言いふらしました。ローマ教皇は皇帝より強いんだと宣伝する好材料となったのです。

今回の外交上の敗北も、長く中国政府の利用するところとなるでしょう。

カノッサの屈辱の場合は、たとえ屈辱でも、それが国内の混乱を鎮め、再び王権を回復するという大義のためには必要なことでした。後にビスマルクは、この屈辱を再び世論にさらし、これを梃子にして強いドイツを作りました。しかし、中国の圧力に屈服した屈辱の代わりに日本が得たものはなんだったのでしょうか。

二つ目は、日米修好通商条約です。これは、1858年、江戸時代の末期に開国を迫られた日本が米国との間で締結させられた条約ですが、中身が問題でした。問題の1つが米国に治外法権を認めたということです。これは、日本で起きた外国人の犯罪は外国の法律で裁くということですが、裏を返すと、外国人の犯罪を日本の法律で裁くことができないことを意味します。

中国漁船の詹其雄船長を日本の法律に基づいて処理すると言っていたのに、処分保留のまま釈放するということは、中国に治外法権を認めたも同然じゃないでしょうか。政府は、あくまで検察の判断だと言っていますが、事件の性質を考えると検察だけの判断とはとても考えられないし、政府がこの重大な事件に一切関与していないとすれば、それはそれで極めて無責任であると言わざるを得ません。

恐るべきは、中国の時間的射程距離の長さです。100年先、いや1000年先までも射程に入れた戦略の中で動いているようです。1つ1つの動きは小さくても、それらの全部が同じ方向を向いて入ればいつか目的は達せられるでしょう。中国はそれを知っていますが、周辺国は、1つ1つが小さくて重大ではないので見過ごしてしまう。

例えば、24日、26日からのメドベージェフ大統領の訪中を前に、露中は大戦をめぐる歴史のねつ造に一致して抵抗すると露外相に言わせていますが、日本では読売新聞の7面の片隅の小さな記事でしか取り扱われていません。

この中国の時間的射程距離の長さに比べて、日本はどうでしょうか。

日本という国が、ひょっこりひょうたん島のように、海に浮かんで移動できる国土であればいいのですが、残念ながらそうではなく、同盟国米国から遠く離れ、中国の近隣に位置しています。主権国家として国を守ることの意味をもっと真剣に考えなければなりません。

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