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2010年11月 2日 (火)

ドラッカー「マネジメント」サブノート、第2章

第2章 マネジメント・ブームとその教訓

(1)   マネジメント・ブームの到来

  第二次世界大戦中に米国のメーカーが勢いを増したことがきっかけとなり、実践的活動、専門領域、社会、経済、倫理に関するテーマとしてマネジメントが認知された。

  英国では、戦後初の労働党政権が、経済立て直しの為にマネジメントを利用した。

  戦後、欧州復興計画にマネジメントが活用された。

(2)   発展途上国でのマネジメント

  マネジメント・ブームは先進国において以上に発展途上国で影響を与えた。

経済学では、発展は貯蓄と投資によって成されると考えられたが、実際にはそれだけでは不十分で、マネジメントにより経済・社会の発展がもたらされた。

(3)   マネジメント・ブームの終焉

  1967年の「新しい産業国家」(ガルブレス)と1968年の「アメリカの挑戦」(シュレベール)に対して、「楽観的すぎる」との見方が広がり始め、ブーム終焉の兆しが現れた。

  1971年のドル危機がきっかけの一つとなり、ペン・セントラル鉄道、ロッキード、ロールスロイス等の苦境が専門的経営者のイメージを崩し、蓄積された知識が時代遅れとなった。

(4)   教訓、専門家集団を超えて、

  マネジメントは、洋の東西を問わず、組織の使命を考えて目標を定め、達成すべき成果を見据えて経営資源を手配するという共通の務めを果たす普遍的な職能であるという理解が進んだ。

  マネジメントの本質は知の探究ではなく実践にある。重要なのは技能や手法等の知識ではなく、成果である。

(5)   マネジメントの起源と歴史をめぐる覚え書き

  ジャン=バティスト・セイ(17671832)が企業家を研究した。

  アンリ・ド・サン=シモン(17601825)は組織の出現を強く予見した。

  アレクサンダー・ハミルトン(米17571804)「製造業に関する報告書」で組織協調。

  ロバート・オーエン(英17711858)自身の繊維工場での取り組み。

  アルフレッド・マーシャル(18421924)が、マネジメントを生産要素の1つに数えた。

  ヘンリー・タウン(米18441924)マネジメントの仕事と成果の関係に問題意識。

  ゲオルグ・ジーメンス(独18391901)大規模組織での経営陣の役割を検討。

  渋沢栄一(18401931)企業と国家目標、企業ニーズと個人倫理の関係を問うた。

  フレデリック・W・テイラー(18561915)労働作業を研究した。科学的管理法

  アンリ・ファヨール(仏18411925)企業組織に関する合理的アプローチ、職能原理。

  ヴァルター・ラーテナウ(独18671922)大企業が果たすべき貢献と責任を研究。

  オイゲン・シュマーレンバッハ(独18731955)学問分野「経営学」を開拓した。

  ヒューゴ・ミュンスターバーグ(18631955)マネジメントに行動科学を応用。

  ピエール・デュポン(18701954)、アルフレッド・スローン・ジュニア(GM18751966)が大企業の組織原理を考案した→分権制の原理

  ギルブレイス夫妻(米、フランク18681919、リリアン18781972)組織形態。

  メアリー・バーカー・フォレット(米18681933)、チェスター・バーナード(米18861961)意思決定プロセス。建前上の組織と内側からみた組織の関係。

  シリル・バート(英18831972)、エルトン・メイヨー(豪18801949)人間関係論。

  ジェームズ・マッキンゼー(米18891937)、リンドール・アーウィック(英18911983)事業方針や経営組織等の範囲まで広げたマネジメント・コンサルティングに取り組んだ。

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