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2011年6月16日 (木)

日銀の成長支援貸出制度は銀行が不甲斐無い証拠

日銀が、昨年新たに導入した成長支援貸出制度の融資枠をさらに5,000億円増加することを決定したとの記事がありました。この企画そのものは大変結構なことだと思います。しかし、それをどうして日銀がやるのでしょうか。

日銀は金融政策を担当していますが、産業育成を担当している訳ではありません。育成すべき産業を見極め、その成長を支援すべきだと決めるのは国会の仕事で、その実施要領を企画するのは政府の仕事です。そして、実際に融資による支援が必要であるという段になってはじめて、日銀が必要な流動性を市中に供給するという仕事を担うわけです。それなのに、日銀が勝手に育成すべき成長産業を決めるのは権限を超えた行為であると思います。なぜ誰もそれを咎めないのか不思議でなりません。

それよりもなによりも、成長できそうだが今は資金が必要な優良企業を探し出して支援するのは市中銀行の仕事ではないでしょうか。それを怠っているから、見るに見かねた日銀が、「じゃあ、俺が・・・。」としゃしゃり出てきたということなのかもしれません。もっとも、市中銀行が「羹に懲りて膾を吹く」ように、信用リスクにあまりにも過敏になり過ぎて、ジャブジャブある流動性を国債運用にしか使えないようにしてしまったのは、竹中平蔵はじめ政府の責任によるところも大きいとは思いますので、そこのところは少し市中銀行に同情します。

それにしても、どうして、市中銀行は、上に書いたような本来の仕事を怠っているのでしょう。その理由は2つあると思います。以下に書きます。

1.  能力がなくなったから。

昔、銀行にはしっかりした審査部門というのがあって、取引先が持参する財務資料をよく分析し、収益力はどうか、資産や負債のバランスは安定しているか、効率はどうかなどといった事柄を自分の目で見極めて、最終的にその企業には借りたお金を返済する能力があるかどうかを判断する力がありました。

その財務資料が悪意によって取り繕うような内容になっていても、この数字とあの数字を見比べたり、素人には気づかない傾向分析や差異分析などをとおして、ときには巧みに仕込まれた粉飾など見抜いたものです。

昔は良かった、今は駄目だとノスタルジーに浸っている訳ではありません。事実現在では、そんな分析能力を失っているばかりか竹中平蔵に余計な貸倒引当金を大量に積み増しさせられて、自信も喪失しているのです。その原因もはっきりしています。それは、2つあります。

     ある大手銀行が始めた、スコアリング審査という手法です。

スコアリング審査とは、主として財務内容を分析する技法を計算の中に織り込んでそのアンケートに応えるように、そこに記入していくと最後にいつの間にか融資の可否が審査されるという魔法の紙です。

主として、小口融資に使われますが、融資係りは高度な分析手法を知らなくても審査できるので、勉強しなくなりました。

     もうひとつは、リスクを右から左に流す金融手法が流行ったこと。

どちらかというと金融全体に言えることですが、証券化商品などのように、リスクのある与信素材を集めて、ランク分けし、ランク毎に小分けした与信リスクを証券として販売することで、その証券を買う投資家とその資金を必要としている資金需要家とを、ろくに審査もせずに橋渡しする方法がいろんな形で流行り、普及しました。

リスクは投資家が自己責任でとってくれるので自分でリスクをとる必要のない金融機関はろくに審査もしません。するとしても、リスクを分類するだけです。

以上により、銀行はすっかり審査分析する能力をなくしてしまいました。

2.  優良企業を評価する方法が変わったから。

上に書いた審査では、企業の全部を評価することはできません。何故なら、従来の審査は主として財務資料を基にしており、その財務資料は現在と過去の記録でしかないからです。融資先は、その資金を活用して事業を起こしたり、進めたりしながら利益を得、その利益の中から返済していくわけですから、過去や現在より、将来の話が中心になります。

だから、過去と現在を説明するだけの財務資料をいくら分析しても、その融資先がどのように資金を活用するのか、活用する事業の実現可能性はどうなのかなどわかるはずもないのです。

もちろん、過去と現在の傾向値から将来を予測する方法はあります。しかし、それは過去の延長線上をたどっていく作業に過ぎません。これから起こそうとする事業が延長線上にない場合はその分析はなんの役にも立ちません。

もっというと、冒頭の日銀の成長産業向け融資ということでは、それらの事業は過去の延長線上にないケースがほとんどであるはずです。

では、その場合は何を分析して評価すれば良いのでしょうか。それは、その融資先がもっている知的資産です。

知的資産の中には、事業のアイディアやそれを担う力をもった人材や、組織として全員が一体となってその事業に取り組む組織力や、それを支える周囲の関係者などがあります。それらは貸借対照表や損益計算書やキャッシュフロー計算書などでは表現できないものばかりです。

そして、成長の可能性は、今貸借対照表に載っている資産より、これらの知的資産に秘められているケースが多いのです。

もちろん、それらの高価な知的資産があれば、それは年月を経て結果として財務諸表に表れるはずだという理屈も成り立ちます。しかし、結果としての財務諸表を分析するたけでは、十分とは言えません。併せて、そういう結果を生み出す、企業の「推進力」とも言うべき知的資産もそれ以上に分析する必要があります。

優良企業を見出すための企業の評価の方法が従来の財務分析を中心とするする方法から、財務分析に加えて、これらの知的資産を評価する方法に変わってきたのです。しかし残念ながら、銀行はその手法を知りません。

昔の銀行はお金を貸したくても、一方の預かる預金の量が限られていたので、あまり貸すことができませんでした。今は、幸せにもジャブジャブの資金があるのに、それを貸さずにせっせと国債を買っている。もったいないことです。

早く、財務諸表を分析する能力を取り戻し、企業の隠れた力である、知的資産を評価するノウハウを身につけて、正しく成長企業を見出し、これらを支援してほしいものです。

自分の本来の仕事を日銀に奪われて何も言えないとはあまりにも不甲斐無い。

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コメント

日銀白川は、マジで無能です。

投稿: やす | 2011年6月19日 (日) 21時28分

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