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2011年7月

2011年7月31日 (日)

ドラッカー「マネジメント」サブノート、第11章(全61章)

11.   多彩な組織が支える社会

(1)   公的機関と企業内のサポート組織

  現代社会では、企業は様々な組織の1種類に過ぎず、政府、学校などの公的機関もやはりマネジメントを必要としている組織である。

  しかし、経済活動や業績に直に関わるわけではない企業内の間接部門同様、公的機関も重荷であると感じられている。

  果たして貢献しているかどうか定かではなく、成果をどう測定すべきかもわからない。

(2)   公的機関やサポート部門のマネジメント

  公的機関は本来的にマネジメントに馴染まず、成果を上げることはできないという見方が広まっている場面もあるが、

  だからと言って、それらをなくしてしまうことではなく、必要なことは適切なマネジメントを備えさせることである。

  マネジメントをとおして公的機関の成果を高めるのは不可能ではない。実際、先進国社会においては今後、公的機関をマネジメントすることを、マネジメントの中心的課題、そして最大のニーズとみなす傾向が強まっていくだろう。

(3)   そのマネジメントの内容

  そのマネジメントの内容は、「社会的責任」である。

  マネジャーの仕事や任務、組織の抗争や仕組みなどは民間企業と実質的な違いはない。ただし、その「務め」は民間企業のそれとは異なる。目的や理念も異なる。

  そのため、マネジメントの理論は公的機関を網羅するまで研究が進んでいない。

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2011年7月29日 (金)

ウィンドウズフォン、Windows Phone上陸・・・という見出しの新聞記事について

昨日の新聞に「ウィンドウズ・フォン上陸」という見出しの記事が載っていました。なになに?じゃあいままでWindows Phoneは日本に上陸していなかったのか。じゃあ、僕が使っている、ドコモの「T-01A」は何なのか?

記事を読んでみると、どうやらいままでのWindows Mobile と違って、よりスマートフォンとして使いやすくしたVer.7.5のことだという。生まれ変わったという意味も込めた見出しだったのでしょう。それにしても、いままでWindows Phone がなかったかのような表現はあんまりです。

確かに、国内ではアンドロイドやiPhoneに押されて、Windowsの存在感はほとんどありません。ドコモのHPを開いて、Line-Upを見ても、もうT-01Aは見つけられないし、もちろん店頭にも陳列されてもいません。でもここに、れっきとしたWindows携帯のユーザーが居るのです。しかも数年も前から。

確か、発売当初はTVでサッカーの中田英寿がコマーシャルしていました。

僕がスマートフォンを買う時には、すでにiPhoneもアンドロイドもあり、どちらかというとその当時からWindows携帯は少数派でした。しかし、敢えて少数派になる覚悟でWindows携帯にしたのには理由があります。それもきわめて単純な。

その理由とは、会社でも自宅でも、PCのOSはWindowsで、携帯もその延長線上での活用を考えたからということです。具体的には、自宅で作った情報ファイルをいつも持ち歩いていつでも参照したい。スケジュール等も自他や会社のPCと同期させたい。Mobile PCを持ち歩けばいいけど、それはちょっと重たい。できれば電話も一緒にしたい。・・・・という訳です。

単純だけど、合理的な理由であると僕自身は思っています。スマートフォンを何に使うかは使う人の自由ですし、人によってその目的は実に様々でしょう。そしてスマートフォンはその多様な使い方や目的に対応できる携帯であるというのが最大の特徴だと思います。

であれば、OSも多様であるべし。この意味で僕は、互いに似たもの同士のiPhoneとアンドロイドに対して、異なる点が多いWindowsにもっと目を向けて、評価されるべきではないかと思います。明確な対立軸としてもっと存在感を示してほしいし、一方のユーザーには、猫も杓子もIPhone・アンドロイドと体制におもねるのではなく、もっと主体的に商品選択してほしいものです。

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2011年7月26日 (火)

ドラッカー「マネジメント」サブノート、第11章(全61章)

11.   多彩な組織が支える社会

(1)   公的機関と企業内のサポート組織

  現代社会では、企業は様々な組織の1種類に過ぎず、政府、学校などの公的機関もやはりマネジメントを必要としている組織である。

  しかし、経済活動や業績に直に関わるわけではない企業内の間接部門同様、公的機関も重荷であると感じられている。

  果たして貢献しているかどうか定かではなく、成果をどう測定すべきかもわからない。

(2)   公的機関やサポート部門のマネジメント

  公的機関は本来的にマネジメントに馴染まず、成果を上げることはできないという見方が広まっている場面もあるが、

  だからと言って、それらをなくしてしまうことではなく、必要なことは適切なメネジメントを備えさせることである。

  メネジメントをとおして公的機関の成果を高めるのは不可能ではない。実際、先進国社会においては今後、公的機関をマナジメントすることを、マネジメントの中心的課題、そして最大のニーズとみなす傾向が強まっていくだろう。

(3)   そのマネジメントの内容

  そのマネジメントの内容は、「社会的責任」である。

  マネジャーの仕事や任務、組織の抗争や仕組みなどは民間企業と実質的な違いはない。ただし、その「務め」は民間企業のそれとは異なる。目的や理念も異なる。

  そのため、メネジメントの理論は公的機関を網羅するまで研究が進んでいない。

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2011年7月24日 (日)

ドラッカー「マネジメント」サブノート、第10章

10.   戦略的プランニング:起業家的な技能

(1)   まず注意すべきこと~戦略的プランニングに含まないもの。

  戦略的プランニングは技巧の寄せ集めではなく、分析的な思考と経営資源の配分にある。

  戦略的プランニングは予測ではない。

  戦略的プランニングでは将来の判断は扱わない。将来を念頭に置きながら、現在の判断を下す。

  戦略的プランニングはリスクを取り除く試みではなく、リスクを最小化しようとの試みでもない。リスクを取ることこそ経済活動の本質だ。

(2)   戦略的プランニングとは

  将来についての知識を」総動員して起業家的な(リスクを伴う)判断をし、

  その判断を実行するのに櫃よな努力を組織的に行い、

  判断の結果を秩序だったフィードバックをもとに測定する、

たゆみないプロセスである。

(3)   戦略的プランニングにおける肝要な事柄

  目標の達成に向けて計画的に決然と仕事をする。

  第一歩として過去と決別する。

  これまでと違った新しい試みを探求する。

  時間軸について考え、必要な時期までに結論をだすために着手すべき時期を考える。

(4)   全てを具体的な業務に落とし込む

プランのままでは意思表明に過ぎない。プランが結果を生み出すためには、

  要となる人材を具体的な任務に割り当てる

  責任の所在、期限、結果の測定が求められる。~結果をフィードバックする。

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2011年7月21日 (木)

ツイッター炎上した蓮舫の事業仕分け判定基準

蓮舫さんが「なでしこジャパン」の優勝を称える書き込みをしたら、ツイッターが一気に炎上したというニュースがありました。事業仕訳での彼女の仕分け対応を批判してのことです。スポーツ振興費用はもったいないからもうやめろと大幅に削減する判定をしたというのがその内容ですが、「もったいない」の意味は、経済合理性がなく採算も合わないからということなのでしょう。他にも下記の件があるようです。

A.  世界一のスーパーコンピューターを目指す開発費用は投下する費用に比べて実利が小さい、つまり経済合理性がなく無駄だから削減する判断をしたら、その後「京」で世界一が実現してしまった。そのコンピューターで計算できるいろんなメリットも披歴された。

B.  高い津波に備えて防波堤を作る予算を計上では、数百年にたった一度の低確率に対処する経済合理性がないという理由でこれを批判したら、東日本大震災が起こってしまった。

C.  宇宙開発事業も仕分けられたが、はやぶさが帰還して日本の宇宙開発技術が注目されてその価値が認められた。

ことごとく裏目に出たので、仕分けられる立場に居てまるで被告人のように卑屈になりながら、しどろもどろになっていた人達は「それ見たことか!」と思っているでしょうね。

そもそも、事業を仕分ける基準が、採算や経済合理性だけというのは納得がいきません。採算や経済合理性だけなら、民間企業と同じです。いや市場の競争にさらされている民間企業ならもっと真剣に上手に採算を追求するでしょう。だから、採算にのるとかのらないとかいう話は民間企業にまかせておけばいい。

国は民間企業にできない仕事をするべきで、それは採算とか経済合理性では測ることができない仕事であるはずです。本当は価値のある仕事なのに、民間にまかせていたら、採算が合わない理由で放棄されてしまう事業がそれです。だから、国がとりあげるべき事業に採算なんてもちだしてはいけないのです。それなのに、蓮舫さんは民間企業と一緒になって、採算を追求した。そこに間違いがおこったということでしょう。

事業仕分けは、短期採算を追求できる事業か否かという基準で行うべきだったのではないでしょうか。そして、是の場合は予算をすべて削減して完全に民間にまかせることにし、否の場合はむしろメリハリをつけて増強する。

ただ、蓮舫さんのツイッターが炎上した理由は別にあるような気がします。それは彼女がなんだか「勘違い」しているということです。そんなに力量があるわけではないのに、自分の力で国の曲がった方針を直して見せるという思い上がり。

だからなにかにつけて言われる。枝野氏が作業服の襟を立てても何も言われないのに、彼女が一回でも襟を立てるとすぐに言われる・・・・・

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2011年7月 8日 (金)

原発再稼働で発揮された菅総理の実行力とは、ストレステストとは

玄海原発の再稼働では、政府の安全保証を前提に地元の理解が進んでいるところ、突然ストレステスト実施方針が打ち出されたことで、迷走することとなってしまいました。ストレステスト自体は別に悪いことではなく安全を確認する為にはむしろ必要な手順です。

逆にストレステストも実施しないで、政府は何を根拠に安全を保証すると言ったのか分かりません。福島原発の後、菅首相は5月18日に、各地の原発については浜岡原発を除き、安全性が確認されれば稼働を認めていくとしました。その安全性を確認する方法としてストレステスト以外に何を予定していたのでしょう。

ストレステストとは、ストレスを掛けて、つまり様々な事態を想定して、耐力、つまりこの場合は安全性を試験することですから、その方法としてはいろいろあり、ストレステストという言葉自体は、安全確認試験のほとんどを網羅した表現です。

つまり、ストレステストを実施するということは安全確認をするという表現とほぼ同義なのです。そう考えると、菅総理は、「安全が確認されれば・・・」と言いながら、実はストレステストも含めて具体的な安全確認の手順を全く予定していなかったのではないでしょうか。単にその時に思いついた発言だった。あるいは「頑張ります!」とか、「俺に任せておけ!」とかいうお得意のパフォーマンス的な精神論だったのでしょうか。

この事を含めた、菅総理の過去の仕事の仕方を見て、私は、彼が物事を実行する為の手順をどのように組み立てたら良いか知らないのではないかと疑っています。

よく、菅政権を支持しない理由として、「実行力がないから」が揚げられます。実行力ってなんでしょう。思いついた事をいち早く実行する「すぐやる課」的なことではないと思います。もちろん、駄々をこねて存在感を示す事でもなければ、お祭りのように次から次へと会議を開いて踊り続けることでもありません。用もないのに現地の迷惑を顧みず、のこのこ出かけていてその様子をTVで放送させることでもありません。

実行力とは、手順を作って、それに沿って進める力であると思います。もちろん、個々の作業を片付けていくことができなければなりませんが、大きな仕事になるとそれだけでは実行できず、その仕事を誰もができる個別の仕事に分解し、そのうえでそれらをつなげる経営的な手続きが必要になってきます。

この事は小さな作業でも必要ですが、一人でできる小さな仕事の場合は、それを自分の頭の中で自然に処理してしまうので、自分でも気がつかないのです。一国の総理が実行しなければならない仕事となるとそうはいきません。ちゃんと実行手順を踏んでいかないと事は成就しないはずです。

しかし上に書いたように、私は菅総理がその方法を知らないのではないかと疑っているのです。

では、どのようにしてその「手順とやら」を作ればいいのでしょうか。下にそのために必要な事をいくつか列挙してみます。

(1)   まず、目的と目標を決めること。
これはどんな場合でも同じ当たり前のことです。

(2)   網羅すること。
やらなければならない事を漏れなく全部網羅する必要があります。
その場合の方法として伝えられているのが、MECEです。
(以下wikipediaから抜粋~MECEとは、Mutually Exclusive and Collectively Exhaustiveの略で、「相互に排他的な項目」による「完全な全体集合」を意味する言葉。要するに「重複なく・漏れなく」という意味)
中学校の数学で習った、「集合」という概念がしっかりしていないとこれができませんね。

(3)   網羅した各手順の処理スピードと相互連携をつけること。
小さく分解した個々の手順を、相互に有機的に結びつけて組み立てることで、結び付ける為には、個々の手順にかかる日数や時間を設定する必要があります。

(4)   各手順での成果物を関係者が共有する仕組みを用意すること。
各手順が相互に連携されていなければならないわけですから、当然各手順に携わる関係者同士のコミュニケーションが必要になります。そのコミュニケーションの方法は様々なので仕事に合った方法を使って仕組みを作らなければなりません。

これらの、それこそ「手順」を踏んで「手順とやら」を作ることで得られる効果として考えられるのは、

A.  どんなに長期にわたる、大きな仕事でも分担してやりとげることができる。

B.  必要な作業が開始当初に網羅されているので、周囲の環境や条件が変わらない限り必要手順を変更する必要がなく、唐突に新たな手順(今回のストレステストのような)が打ち出されることもない。打ち出す必要があるときは環境や条件が変わった時であって、そんなときは仕方ないと皆納得する。

C.  手順が進んで最後にこうなるということについて予測可能、つまり方向性が示されているので周囲がそれを前提にしていろいろなことを進められる。

などです。

誰か、菅総理に教えてあげてください。

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2011年7月 7日 (木)

松本復興相の発言は中身があるわけではない。ただ威張りたいだけ。

松本復興相が理由を明らかにしないまま辞任してしまいました。理由を明らかにしませんでしたが、被災地での発言に対する世論の反発がなければ辞任することはなかったでしょうから、発言に起因していることは明らかでしょう。

ニュースの映像を見ると、やはりひどいなあと思います。「ひどいなあ」との感想に至るまでの思考回路を、ちょっとほどいてみましょう。

まず、彼の発言内容についてです。長幼の序についての発言内容は置いておいて、それ以外の内容について言葉づかいを変えて書いてみましょう。

A    「知恵をださないやつは助けてやらない」を言い換えると・・・
復興は大変な仕事です。ですから、一人一人が自分の事としてしっかり受け止め、みんなが知恵を出し合ってしっかり議論していくことが大切です。そんな中で一人でも、誰かが考えてくれるだろうなんて思う人が居れば、復興事業は成り立ちません。それぞれが自分の力を出し切って全力で取り組んでいきましょう。

B   「県でそれはコンセンサスを得ろよ。そうしないと我々は何もしないぞ。」を言い換えると・・・
漁港の集約化については、意見の対立があるようですが、復興相からお示しできるのは特区として対応できるものの基準です。復興相が個々の案件にひとつひとつ踏み込んでいくことは難しいので、そこは県が中心になって冷静な意見交換を主導して結論を得てください。出た結論に対しては復興相として最大限の支援をするつもりです。

どうでしょう?いずれも間違っていません。しかし「正しい」として評価するほどのものかというとそうでもない。むしろごく当たり前のことであって、真剣な議論の末にやっと見出した復興省の意思決定といったような価値あるものには全く見えません。わざわざ東京から被災地を訪問して伝えなければならないようなことでもないような気がします。よくあさはかな社長が朝礼で毎日繰り返していう訓示の水準です。

そんな価値のない内容の事を、松本氏はなぜ威圧的な口調で言ったのでしょう。

2つ考えられます。ひとつは、中身のない事だから威圧的に言わないと大臣の発言として重みがなくなると思った。もうひとつは、ただ威張りたかった。だから発言の中身などどうでもよかった。

私としては、両方だと思います。とくに威張りたい人は、多くの人が見ていればいるほど、そのパフォーマンスは大掛かりになる傾向があります。まさにこの場合、TVカメラがそこにあることを知っている松本氏は、マスメディアを通してより多くの人に自分の威厳ある姿を見てもらえると思ったのです。

類は友を呼ぶと言います。訳もなくどなりちらして威張って見せる管総理大臣が組んだ人事だから、同類が集まるのでしょう。かれらは被災地が復興しようがしまいがそんなことは知ったことではありません。復興事業が派手なパフォーマンスとして利用できるから復興に取り組むのです。彼らはただ威張りたいから政治家になったのです・・・・・。なんて、本当はそうではないかもしれなくても、そんな風に思ってしまいました。

だから、「ひどいなあ」という感想になったのです。

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2011年7月 1日 (金)

復興の特区活用はどうするか

復興に特区を活用しようという動きがあります。いつも感じていて、今回の大震災への政府の対応で特に感じることは、なんとか本部やなんとか委員会を沢山立ち上げてそれで仕事をした気になっている愚かさです。

特区についても、「特区」という言葉の響きに惹かれて、それを使うことが自己目的化してしまい、そこで何をするかという本来の目的が忘れられてしまうことがないでしょうか。あるいは、とにかく特区を使えという政治屋の指示に応えようとして、それに馴染まないものを無理にこじつけ、かえって復興の足を引っ張ることになりはしないでしょうか。

そうならないようにする為には、特区という枠組みの目的を理解し、そのメリットを生かせる活用の仕方を検討しておく必要があります。

中国では、1978年に鄧小平が打ち出した改革開放政策の一環として主として華南地域に経済特区が設置されました。中国全土に一気に解放の特例措置を認めると国中が混乱し、イデオロギーの破壊にもつながりかねないので、まずは一部の地域では試してみようという趣旨でした。

その後、日本では規制緩和による市場重視型経済の導入を勧めた小泉純一郎政権が、規制緩和の効果を測るモデル地区として、構造改革特別区域を設定しました。

特区が使われ始めたこれらの経緯を調べてみると、どうやら特区の目的とメリットは以下のように整理できそうです。

1.    目的 :

(1)  帰納法的に試行錯誤を繰り返しながら広域に応用できる法的な枠組みを模索する。

2.    メリット :

(1)  日本全国に適用する為の制度やルールを作ろうとすると、多くの人々の意見をとりまとめて調整しなければならず、やるからにはやり直しや修正等許されないが、特区であれば全国規模ほど調整負担は大きくないので、立ち上がりが早い。

(2)  試験的に行おうという要素があるので、一発勝負の緊張を伴うのではなく、try & error を繰り返して良い物を追求することができ、初期投入案の賛成者も反対者も、まずは最大公約数的な取り決めから始めることができるので、意見の違う集団が互いに反対意見を譲らずに思考停止に陥ってしまうことがない。

では、このメリットを生かして活用するにはどうすればいいのでしょう。

A    広域展開の可能性を前提として関係者に特区の目的とメリットをよく説明してしっかり理解してもらうこと。
特に試行錯誤を繰り返しながら広域に応用できる枠組みを模索するわけですから、導入後も機会をとらえて意見を交換しなければなりません。途中で、なんでわざわざそんなことしなければならないのかという疑問を持ってしまっては目的を達成できないから、よく説明しておく必要があります

B   既存の制度枠外での対応が必要なもので取り組む。
既存の枠組みの中ではできないことを始めようというから特区という手法をとるわけです。だから既存の制度枠外での対応が必要なものでなければメリットを生かせません。それは規制緩和でも新たな規制をかけるものでもかまいません。

C   議論があっても、さしあたっての最大公約数的な合意点を見出す。
多少の議論があるほうがメリットを活用できるでしょう。実際にやってみると実験結果を目の当たりにできる体験が伴うので、納得感があるからです。ただし、導入にあたっては、少なくても走りだせるだけの合意点がなければなりません。真っ向から意見が対立したままでは始められませんから。

D   早い対応が必要なもので取り組む。
最後に、いち早く手当が必要なものに対してメリットを生かせます。但しこれには注意が必要です。メリットを生かせるだけで、本来の特区の目的を意識したものであるかどうかという点では疑問が残るからです。
上に書いた2-(1)のメリットは、広域に応用できる枠組みを模索ための試行錯誤が導入部分で時間がかかってしまっては意味がないので、機動的に対応できるようにと用意されたものです。ですから、広域応用枠組みを模索する気もないのに、このメリットだけ享受するというのはずるい方法と言わざるをえません。

さて、以上を踏まえた上で現実に持ち上がっている特区構想を検証してみましょう。

まず、宮城県の農地大規模化を促す特区構想について。これは、大規模化を目的とした農地法等の規制緩和を求めるもので、上記の活用条件のB.を満たします。また、大規模化はもとから議論があったテーマなのでこのさい試してみようということなら条件A.やC.も満たし、震災復興なので当然条件D.も満たしますから特区活用のテーマとして相応しいと評価できます。

次に、福島県の原発克服産業拠点特区構想はどうでしょうか。これも再生エネルギーのための規制緩和を伴うので、広域展開の可能性があり、既存制度枠外での試行錯誤が必要ですから、相応しいと言えるでしょう。

中でも興味深いのは、宮城県の水産業特区構想です。地元の漁業協同組合に優先的に与えてきた漁業権を企業も取得しやすくしようとしていますが、これは復興スピードを上げるために企業の資金量や人材を活用するメリットがある半面、地元漁協としては既得権が脅かされるので、真っ向から対立している案件です。

上記活用条件のC.で求める最大公約数的合意点を見出せるかどうか不透明で、それが見出せなければ、いくら復興効果があっても導入は難しい。しかし、広域展開という意味では、一度試してみる価値が相当ありそうです。いままで農業が農地法やら農業委員会への批判などで注目を浴びる機会が多かったのに対して、漁業については議論が少なかったからです。是非、議論をつくして導入の糸口を見つけてほしいものです。

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