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2011年8月

2011年8月31日 (水)

ドラッカー「マネジメント」サブノート、第15章(全61章)・・・第二巻

15.   かつてない現実

(1)   仕事も働き手も急激な変化にさらされている。それは、

  労働人口の大半が「雇い人」になったこと。

  労働人口の主体が肉体労働者から知識労働者に移行しつつあること。知識労働は、高い技能や学歴を要するものとは限らない。

(2)   上記の変化が意味するものは、肉体労働者を襲う危機と労働組合の危機だ。

  肉体労働者を襲う危機

a.  知識労働者の台頭により、肉体労働者の地位が低下している。

b.  労働者の階級闘争は、対資本家ではなく、肉体労働者対知識労働者でこそ厳しい。

  労働組合の危機

a.  肉体労働者を襲う危機は、肉体労働者たちの組織、つまり労働組合の危機になる。

・  リーダーの問題 :有能な若者は高等教育を受け、専門職やマネージャー職につくため、人材の空洞化が起き、大志より怒りや恨みに駆られた人々がリーダーとなる可能性が高い。

・  組合員の問題 :併せて、労働者が負け組意識にさいなまれているため、リーダーにすら反発する。

b.  こうして、組合のリーダーは統率力を失い、労働組合はその役割を果たせない。

c.   しかし、経営層は権力の担い手であり、権力には抑制が働かなくてはならないから、経営側と対峙するための労働組合は(社会にとっても)必要である。

d.  マネジメント層は労働組合の将来、役割等をじっくり考えるべきだ。労働組合の弱体化をマネジメント層の強さの証だとするのは、とんでもない自己欺瞞である。

(3)   知識労働者のマネジメント :新たな挑戦

  しかし、肉体労働者や労働組合との関係をマネッジメントするのは、社会にとって重要でも、経営者にとっては後ろ向きの仕事である。できることはせいぜい産業革命以後放置されてきた痛みを取り去る程度でしかない。

  それに比べ、知的労働者のマネジメントは新しく、より困難な任務になる。例えば・・・

a.  肉体労働者マネンジメントは、経済的困窮など恐怖という武器がその代役を果たしてきたが、知的労働者の生産性を向上させるのは動機づけと方向付けである。

b.  知的労働者は過去の「知識プロフェッショナル」とも異なり、むしろ従来の熟練労働者の後継にあたる。だから、知的労働者の地位、役割、位置づけなど明確にする必要がある。

c.   知的労働の生産性の測定は定義が難しい。

d.  知的聾者の達成感の定義はそれ以上に難しい。自己充足できているなどという実感は当人しか向き合えないからだ。

(4)   労働者のセグメンテーション

  では、労働者は知的労働者か肉体労働者かに二分されるかというとそうではない。生産分野に従事する事務員は独自の重要なグループであるし、性別による労働者のセグメンテーションはやはり重要である。

  企業でも他の組織でも、雇用主は人事方針を一本化していたが、将来は働き手のセグメント数と同じだけの人事方針がもとめられるだろう。とりわけ働き手の達成感を満たすためのセグメント毎の異なる手法が必要になる。

(5)   新世代の働き手

  以上の変化を受け、新世代の働き手が登場した。高い教育を受けた若者を中心に仕事とマネジメント、組織、経済関係や権力関係などの分野で伝統に挑み、古くからの「プロテスタントの倫理」(サブノート作成者「とかるや」の注釈 :野中郁次郎「知識創造の方法論」P103参照)が崩れつつある。

  新世代の働き手は、経済的報酬への欲求を失っていないが、その反面、それ以外に心理面、社会面の満足を期待している。

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2011年8月30日 (火)

中小企業向け融資継続支援としての劣後ローン転換促進は支援になるか。

8/26日本経済新聞朝刊の記事に、「中小向け融資継続支援、金融庁指針見直し、長期ローンに転換促す」というのがありました。震災や円高で経営難に陥った中小企業を支援するのがその目的だそうです。

どんな仕組みかというと、記事によれば、企業向け貸出債権の劣後ローンへの転換を促進するために、検査指針を見直し、劣後ローン償還条件や金利設定などの明確な条件を設定するというもの。劣後ローンは貸出金に変わりありませんが、返済順位が他の融資(ローンという。住宅ローンだけがローンではありません。融資のことを英語でローンというのです)よりも後になる、つまり劣後するというものです。

貸出債権を劣後ローンにする事が、どうして借り手である中小企業にとって良いかというと、自己資本に準ずるものとして看做してくれるからです。どうしてそのように看做してくれると良いのかというと、企業の自己資本比率を改善するものになり、改善すると財務分析では、安定性が向上したと見られるからです。

その仕組みはこうです。例えば、企業の総資産が¥100、負債が¥80、自己資本が¥20であるとしましょう。

 

総資産=¥100

負債=¥80

自己資本=¥20

この場合の自己資本比率は¥20÷¥10020%です。ここで、負債は大雑把にいうと、銀行の貸出債権です。この負債のうち¥50が自己資本に代わった場合を考えてください。方法としては、第三者割当増資をして自己資本を¥50増やし、その資金で銀行の借入金を¥50返済するなどです。すると、

総資産=¥100

負債=¥30

自己資本=¥70

となり、自己資本比率は70%に大きく改善します。自己資本は最後まで株主に返す必要のないお金ですから(株主の有限責任)、返さなければならない借入が減ったということで、安定性が向上したと見られるのです。

劣後ローンは自己資本ではありませんので、最後まで返さなくても良いお金ではありませんが、他の借入金を返し終わった後で返せば良いお金なので自己資本に準ずるものとして、安定性向上に貢献します。

今回の支援策はこれを狙っているわけです。安定性が増すと、借り手としての信用力が増しますから、銀行から新規にお金を借りやすくなるというものです。

しかし、もっとよく深読みする必要があります。

お金を貸しやすくなるのは、新規の融資をする(かもしれない)銀行のことです。今までは安定性を欠いていたために融資を拒んでいた銀行が、改善したことで融資する気になるかもしれないからです。

でも、いままで持っていた貸出債権が突然劣後ローンに切り替わってしまった、既存の銀行はどうでしょう。通常の債権なら、他の債権者と同じように返済を受ける権利があったのに、劣後ローンに代わることで、他の債権者が全部返済を受けた後でしか返済してもらえない、場合によってはもう返済資金が残っていないかもしれません。すると、通常の貸出債権では貸倒引当金を10%積んでおけばよかったものを、50%くらい積まないといけなくなるかもしれません。これは大変なことです。

金融庁が検査指針を見直すといっても・・・・・かりに、「通常債権と同じように劣後ローンのリスク額も同じに看做すよ。」と言っても、劣後するという実態が変わるわけではありません。当然、既存の銀行はこれを嫌うでしょう。前回の亀井静香氏の「金融円滑化法」のように、仮に金融庁が銀行に無理強いすると、今回はいうことを聞くが、次回からは羹に懲りて、もっと審査を厳しくするでしょう。以前に当ブログに書いたように、銀行が中小企業に貸さなくなってしまったのは、この類の羹の繰り返しでした。

こんなことをしていると、結果として、既存の取引銀行が逃げ、新規の取引銀行が寄ってくるかもしれない、こないかもしれない・・・という状況に・・・つまり、かえって不安をかかえることになりはしませんか。

結論は、この支援策の効果は期待できないということです。

そもそも、融資は訳もなく継続するものではありません。お金と事業計画は対のもので、しっかりとした事業計画があって、実現可能性を説明できる納得性があれば、劣後ローンだの、継続などの手練手管をろうしなくても、ちゃんと銀行はお金を貸してくれるものです。安易に支援策にのるより、事業をしっかり見直してみましょう。

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2011年8月25日 (木)

島田紳助、暴力団に解決してもらった面倒なこととは何ですか?

島田紳助氏が暴力団との関わりを理由に芸能界引退を決めた記者会見をTVのニュースで見ました。なにしろ、NHKの朝7時のトップニュースで報道し、しかもリビアの問題だとか民主党代表選挙の問題だとか、日本の国債格付けの問題だとかを全部後回しにして、朝の貴重な時間のなか延々10を超える報道だったものですから、「ほほう、島田紳助氏の影響力はたいしたものだな。」と。

感想を求められた、街頭インタビューで、ある男性が「毎日TVで見る顔なので、残念です。」と言っていましたから、確かに影響力があったのでしょう。僕自身は、TVでも3ヶ月月に1回か半年に1回くらいしか見ない顔なので、そうは思いませんでしたが。

それはともかく、記者会見ですが、暴力団と往来があった程度のことなら普通は謹慎程度でごまかすところ、「自分はきっぱりと芸能界を引退するのだ。どうだ、男らしく、 真摯で、かっこよく、潔いだろう。」と言いたげでした。

しかし、かれが会見で話していた、知り合うきっかけとなった経緯については、往来があった程度というにはちょっと問題があるのではないかと思います。「ある一件で困り事があり、それを相談したら解決してくれた。」というのが知りあうきっかけだったそうですが、困り事とは一体なんでしょう。

民の困り事は法律が解決してくれるというのが法治国家のあり姿ではなかったでしょうか。ある人が理不尽に不利益を被り、その一方で不当に利益を得ている人がいたら、裁判所がそれを公正に裁き、一方を罰して他方に利益を回復させるはずです。だから、法治国家は法律による公的な救済は許すが、私的な力でうったえる「私力救済」は禁じられ、それそのものが法を犯す行為です。

彼が「困り事」の解決をお願いした暴力団は「私力」ですから、暴力団に解決してもらったというのは私力救済ということになるし、そもそも法律で公正に裁くことができないような「困り事」というのは、どう考えても怪しいと言わざるをえません。

ですから、このいきさつを指して、「暴力団とちょっと往来があった」だけというのは無理があると思います。

ということから得られる結論は、彼の行為が、「ささいなことでも真摯にとらえて、芸能界引退という大きな犠牲をはらって反省した」という潔いものではなく、「私は法を犯した犯罪者でした」と下を向いて、震えて泣き崩れるべきものであったということです。

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2011年8月20日 (土)

ドラッカー「マネジメント」サブノート、第14章(全61章)

14.   公的機関の成果を高めるマネジメント

(1)   13章の教訓を受け、公的機関は以下を行うべきだ

  何が本分か何を本分にすべきかを見極める

  役割や使命の定義をもとに明快な目標を導き出す

  優先事項が何かを検討する

  成果の尺度を設ける

  尺度をもとに、成果に基づく自己管理を根付かせる

  目的に合わなくなった目標、実現不可能になった目標を洗い出す

  上記のうち⑥が最も重要である。何故なら、公的機関は民間企業のように市場での検証にさらされないので過去の成功にしがみつきがちだからだ。

  公的機関の成果を高めるには、非凡な人材ではなく制度である。

(2)   3種類の公的機関

上記は公的機関の種類ごとに違う。下記3種類に分類できる。

  自然独占企業(電話、電力など)

  予算配分を受けそれを収入源とする組織(学校など)

  手段を目的と同じくらい重視し、同質性を命とする政府機関(司法、国防など)

(3)   上記の種類ごとの具体的ニーズ

  自然独占企業

企業として当然の活動を行いさえすればよい。ただし極めて体系的に取り組まなければならない。

これらの事業は、民間に委ねずに、厳しく規制すべきだ。

  予算配分を受ける組織

このタイプは先進国における公的機関の典型。発展途上国では独占企業と政府機関が主流で、経済・社会が発展する過程ではこの種の公的機関の実績が重要。

ランゲの提唱した社会主義競争が求められる。(⇒第13章参照)

  同質性を命とする政府機関

自主性の高いマネジメントは実現不可能であり、競争には適さない。

政府による直接の管理・運営が必要である。

したがって、第三者による体系的な監査をする必要がある。(自己規律のための方法は分析と監査だけである)

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2011年8月18日 (木)

「子ども手当存続」のビラは民主党の詐欺行為。

一昨日(8/16)に菅直人首相の裏切り行為について書きました。自分のことを棚に上げて、他人の行為ばかり非難するのは、あまり潔いことではありませんが、それでもこんなに目につくと言いたくもなるというものです。実は今日もそのことです。

今朝の日経新聞朝刊の2面に「民主“子ども手当存続”ビラ配布」という記事が載っていました。民主党が、自・公2党との合意内容とは異なる内容のビラを作って、配布したというのです。これを知った野党は怒りだしました。石破茂政調会長は、「そういうことを平気で言う政党を信頼できるか。」と批判したそうです。

民・自・公が合意した見直し後の制度では、所得制限を設けるなど根本からして民主党の「子ども手当」とは異なるものに変わっているし、その意味で「子ども手当」の修正存続ではなく、以前の児童手当法改正という枠組みで進めることにもなっています。それなのにビラには、「子ども手当は存続する」、「(自・公との)合意で恒久的な制度になった」などと書かれていたようです。

明らかに合意内容とは異なることを宣伝して回っている。石破茂政調会長でなくても、他の国の人ならいざ知らず、普通の日本人なら信頼できなくなるでしょう。

これには、民主党代表の2人の特徴が表れていると思います。

1.  拡大解釈。

これは鳩山由紀夫元首相・元代表のことです。2011.06.03の当ブログ記事「内閣不信任案否決は管直人氏の詐欺、鳩山氏も詰めが甘い。」にも書いたように、彼には、相手が拡大解釈する余地がたくさんあるのを承知しながら、自分は自分の役割をきちんと果たしたつもりになる性質があるようです。今回も、自・公とは相手に受けのいい条件を出したので、相手は「子ども手当は死んだ」と拡大解釈しているのに、それを承知の上で、「子ども手当の存続が受け入れられた」と言う。民主党が相手を説き伏せて交渉上の成果を勝ち取ったつもりでいます。

2.  詐欺行為。

こちらは菅直人現代表のことです。彼の最大の詐欺行為は、自分の辞任をほのめかして「内閣不信任案」の否決を騙し取ったことです(6月3日の記事参照)。もし世の中に「世界負の遺産」なんていうものがあるなら、まっ先に登録承認されることでしょう。

今回も、交渉相手方にはいい顔をしておいて、裏で早速自分の都合をふれ回っている。権力の為なら・・・金の為なら・・・平気でうそをつくし、裏切り行為もはたらく。

昔、新渡戸稲造は英語で「武士道」を著わし、世界のベストセラーになりました。それまでは極東の未開発国に住む民度の低い国民と思われていたが、世界がこれを読んで、「日本人は気高く、志立派な民族」と知ったと言われます。最近では、大震災の中でも互いに助け合う心美しい日本人の姿は海外に感動を届けました。

せっかくいいイメージを持ってもらっているのに、これでは民主党主導政治がひとり足を引っ張っているようなものです。

・・・・いや、ちょっと書きすぎました。民主党だってそれなりに頑張っているのだと思います。是非、党員ひとりひとりが一生懸命勉強して、合理的な解決方法を見出して欲しいものです。人脈作りに精を出すだけの松下政経塾ではなく、もっと正しい勉強の仕方があるはずです。

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ドラッカー「マネジメント」サブノート、第13章(全61章)

13.   例外とそこから得られる教訓

(1)   いくつかの例外・・・「公的機関はなぜ成果を生まないのか」の例外。いずれも公的機関であってもマネジメント次第で成果をあげられることを示している。

  AT&T

事業は何か、何を事業にすべきかと問い、「当社の事業はサービスである」に到達した。これにより、独占的事業体であるにもかかわらず活動成果が方向付けられた。

サービス満足の基準を設けたからこそ、各地域マネジャーが全米規模で競争するようになった。

規制当局を利害関係者と位置付けて、当局をうまく機能させる努力をした。

  アメリカの大学

1860年代から第一次大戦期にかけて設立された大学は、それぞれ異なる目的や使命をもっていたが、従来とは一線を画する真の大学を生み出すという点については、共通目標をかかげた。

そして、それらを果たすために邁進した。

彼らは、多数の利害関係者を満足させなければならず、それぞれの大学観にも開きがあったが、共通の目標のために妥協することを心得ていた。

  リリエンソール指揮下のTVA(テネシー川流域開発公社)

TVAの本分を「高効率の発電所を設けて電力不足に苦しむ地域に潤沢な電力をやすく供給すること」と明確に定めてこれを優先した。

ほかの全ては、この本分に従属するものだった。

  明治日本の教訓

成功の秘訣は、明治時代の日本人が目標を徹底的に考え抜き、少数の優先事項を決め、それら集中しようとの意欲をもっていたことにある。

(2)   市場のアプローチと社会主義競争

  市場アプローチは資本主義的とみられているが、社会主義的にもなりえる。

米国企業の所有権はかなりの程度まで、投資信託や年金基金などによって、社会化されている。

  社会主義競争とは(オスカー・ランゲ:ポーランド出身マルクス主義者)

生産手段は社会全体によって共有されて資本家はいなくなる。

そんな中でも、企業は独自のマネジメントで自律性を持ち、市場経済の中で競争することができる。

経営資源の配分は市場による成果や実績の検証をもとに行わなければならない。

  サブノート作成者「とかるや」の注釈 :つまり、資本が私的な所有から社会化された所有形態に変わっても、ちゃんと成果を生み出しているように、公的機関であっても自律的なマネジメントを実行すれば成果をあげることが可能である

(3)   市場の限界

  もちろん公的機関にもさまざまな種類があり、一様に上記のことが言えるわけではない。

  公的機関に共通するのは、競争市場での検証にさらすわけにはいかないという点だけ。

(4)   公共政策の限界

  これまで、資本主義者、社会主義者とも、市場で成果を検証できない場合には、公共政策が指針を示し統制をおこなえるとしてきた。

  しかし、それだけでは足りず、設立者が用意した枠組みを超えて刷新していく力を備えた制度や組織が必要だ。公共政策だけで公的機関が自律的なマネジメントを行うようになるとは言えない。

  明治維新以降の日本ではそれがたりなかったため、明治のリーダーが独立を守る手段として設定したものが後に自己目的化し、やがて日本を大きな不幸へ導いた。

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2011年8月16日 (火)

管直人首相の裏切り行為と海江田万里経産相の涙

8/13の読売新聞朝刊に、「管、海江田150日闘争」という記事が載っていました。8/2海江田経産相が首相をたずね、「経産省事務方の人心一新を図りたい」と申し出て、「任せる」と言われたが、この人事が8/4首相自身が決断した更迭人事として発表されたとの内容です。海江田経産相が決め、任された幹部人事なのに、管首相が決断した更迭人事にすり替えられたというわけです。上司が部下の仕事を横取りして自分の手柄のように自慢する姿はどこにでもありますが、それが一国の首相ともなるとちょっと困ったものです。

この記事には、九州電力玄海原発再稼働をめぐる「ハシゴはずし」の件も書いてありましたが、記事に書かれていた以外にも、管直人氏のこの手の話はたくさんありそうです。

今年の6月、内閣不信任案が出されたときに、鳩山氏と会談し、「自分は辞める」というような内容をほのめかしておいて、不信任案否決という自分の利益を確保すると一転「辞任の2文字はなかった」と、まるでだまし討ちの詐欺行為をはたらきました。鳩山氏や新聞はどうしてこの問題についてもっと騒がないのでしょう。何しろ国会を詐欺にかけたのですから。(当ブログ2011.06.03の記事「内閣不信任案否決は管直人氏の詐欺、鳩山氏も詰めが甘い。」を参照してください。)

古いところでは、昔、師事していた市川房江氏に断りもなく、事務所から市川氏支持者名簿を持ち出して、自分の選挙活動に使ったことで市川氏に「裏切り者」呼ばわりされたということがあったようです。

こんな具合ですから、この昔の市川氏の件と今回の海江田氏の件の間に数え切れないほどの裏切り行為と詐欺行為をはたらいてきたに違いありません。

大同小異、政治家は多少の癖があっても、もっと大きな理念の実現に忠実であればいい・・・などとは、彼の場合は言えません。何故なら彼には実行力もないからです。管直人氏の実行力については、当ブログの2011.07.07の記事「原発再稼働で発揮された菅総理の実行力とは、ストレステストとは」を参照してください。

一方の海江田万里氏はどうでしょう。

政治家としての手腕はよくわかりません。でも、私はある日を境にすっかり彼を好きになってしまいました。先々月くらいだったでしょうか。予算委員会で佐賀県出身の野党議員が、被災地の大変な様子を説明するため、雲仙普賢岳の当時被災の体験を切々と訴えていた時、管直人氏はじめ閣僚がうんざりした冷たい表情をする中、ひとり海江田氏が思わず目頭を押さえて下を向いてしまった場面があったのです。

最近では、辞任のタイミングをめぐって泣き出す場面もありました。国をリードする政治家がそんなに泣き虫では困るというのが一般メディアの論調でしょう。ヒラリー・クリントンが涙を見せて支持を落としたということもありました。

でも、私はそうは思わないのです。ものごとを動かすのは、やはり人の心です。仕事の方法は勉強すればわかる。実行力を発揮するためにどんな手順を踏めば良いかも、本を読んで何度か実践すれば身に付きます。決断を迫られている場合も、しっかりした正確な判断材料が用意されてさえいればさほど難しいことではありません。

しかし、どんな仕事にも魂が込められていなければ、価値はゼロです。ゼロはいくら足しても掛けてもゼロです。仕事に魂が入るためには、仕事をする人の心を動かさなければなりません。人の心を動かすためには、人の心を自分も心から理解しなければなりません。人の心を理屈の上で計算したり、判定したりすることでは、仮にその人の心が望む事を実現してあげたとしても、その人の心は心から喜ぶことはないでしょう。ましてや、人の心を裏切るなんてとんでもない。

管直人氏と海江田万里氏、150間闘争でどちらに軍配をあげるかは歴然としています。

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2011年8月 8日 (月)

ドラッカー「マネジメント」サブノート、第12章(全61章)

12.   公的機関はなぜ成果を生まないのか

(1)   公的機関が成果を生まない理由として、3つが指摘されるが、それらは下に示す通り「言い訳」に過ぎない。

  上層部にビジネス感覚が欠けている

 ビジネスライクになれというのは公的機関への処方箋としては適切ではない。

 ビジネスライクになればコストが下がる可能性はあるが、その代わり組織目的を果たすために欠かせないサービスが効率化という名目のもとに軽視されかねないからである。(だから、この指摘は妥当ではない)

  よりよい人材が求められている

 欠点は人材ではなく制度にある。(だから、人材が不足しているから成果を生めないとの理由は言い訳に過ぎない)

  目標と結果が目に見えない

 目に見える目標に置き換えることは可能だ。

 例えば、教会が掲げる「魂の救済」という目標は結果が目に見えないが、礼拝の週刊を取り戻す若者の数などは測定できるはず。(目に見えない・・とは、見ようとしていないだけである)

(2)   予算がもたらす誤り

  企業は顧客に満足をもたらすことをとおして、その対価を得て収入としているが、公的機関では、企業の収入に当たるものが予算であると間違って解釈され、より多くの予算を獲得することが成果であると誤解されている。

  企業の場合には、成果は市場への貢献や目標の達成度を意味し、公的機関の場合は、それ(市場にあたるもの)は納税者である。従って、公的機関の本来の成果は納税者への貢献で測られるべきだ。

  彼らが捉える成果と本来の貢献が食い違っている。

(3)   効率がアダになる局面

  予算をもとに活動する組織の重要性は、基本的には予算の大きさと人員によって測られるため、少ない予算や人員で結果を出したとしても、優れた活動をしたことにならず、むしろ組織の存続を危うくする。

(4)   稼いだ収入VS当然の収入

  企業は、満足しない或いは関心のない顧客からは対価を得られないため、自力で稼がなくてはならない。一方、公的機関の予算は当然のように与えられる。

  かと言って、予算で対応する仕組みは悪ではなく、必要なもの。だから、範囲を絞ったり、影響を和らげるなどして欠点を補ったりする必要がある。

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2011年8月 7日 (日)

日銀の為替介入は効果あるのでしょうか。材料に着目。

8月4日、この理不尽な円高を見るに見かねた日銀が円売り介入しました。円ロングが積みに積み上がった市場参加者は、限界に近いと感じながらUnwindするチャンスを伺っていたが、介入はそのきっかけになっただろうと思います。

スポットディーラーの仕掛けの鉄則として、「売られている市場ではもっと売れ。買われている市場ではもっと買え。」というのがあります。ケイ線分析でGolden Crossを切る時がとのときなのですが、最近はMrs.ワタナベが増えてきたせいか、そうでもないらしいのです。つまり、相当の安値では買いポジションを膨らませて反転するのを待ち、相当の高値では売りポジションを膨らませて、反落するのを待つという姿勢が多くなってきたようです。

安いところでは買い、高いところでは売るということなので、こちらの方が、「もっと売れ」や「もっと買え」よりよっぽど健全で素直で自然で分かりやすいのですが。

それと、前回の例を見て学習したということもあるかもしれません。前回とは、東日本大震災後の3月17日に76.25の安値を付けた時のことです。この時は主要国が協調して介入したのですが、介入したことにびっくりした市場が慌ててドルを買い戻し、あっという間に元の水準に戻りました。

今回も、介入するかもしれぬという水準で買っておけば、実際に介入したときにあっという間に値が戻り、そのときにうまく売り抜くことができるだろうと考えたのではないでしょうか。実際にその通りになりましたが、今回はちょっと前回とは違うようです。それは一応戻ったけど、また売られてあっという間に戻りの戻りが起こったということです。

確かに、介入の日に欧州でECBトリシェ総裁が介入に冷水をかけるような発言をしたり、欧州経済が二番底に落ちるとの懸念を示したということもありますが、それ以上に根本的なところが前回とは異なります。

A.  前回 :大震災で保険金の支払いを迫られる保険会社が外貨資産を円転するから米ドルが売られるだろうとの予測を売りの材料とした。

B.  今回 :米国の債務問題を材料とした。

両者ともドルが売られる材料ですが、前者は極短期の材料であり、一企業(産業)の単なる金繰りの問題であるのに対し、後者は一国のファンダメンタルズに関わる問題です。しかも、前者は本当にそうなのかと疑いたくなるような眉唾ものであり、実際に損保会社の人に聞くと、震災の保険金支払い原資は他に十分あるから円転の必要などない・・・と。

つまり、前回はいい加減な材料に振り回された市場が介入によって、はたと我に返った値動きであり、今回は根拠のある売りだと市場が自信を持っているから、介入効果も数時間で終わったということだと思います。

極短期の材料はたとえ根拠があったとしても怖くない。為替相場で怖いのは短期よりも長期です。そして長期相場を動かすのは、もっと構造的なものです。その辺をようく見極める必要があるでしょう。いずれにせよ、安値では買い圧力が働き、高値では売り圧力が働くことは、市場を健全にするという意味で良いことです。以前のような、「もっと売れ」や「もっと買え」の市場では市場としての役割を果たしません。市場は多くの実需を吸収できるほどの深い懐を持つべきなのですから。

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2011年8月 3日 (水)

為替相場は予測値を出すより変動材料を整理する方が大事。中小企業にとって為替とは?

為替相場が大きく変動しています。耐力のある大企業はまだしも、小規模ながら海外取引を行っている中小企業は毎日身を削られる思いでしょう。

かといって、明日の為替相場がどうなるのか予想しようと思っても、相場を動かす材料は数多く、しかも複合的で、互いに複雑に絡み合っているため、それらを整理して合理的な方向性を見出すのは大変です。変動要因の判断の仕方も、見方によっては売りにも買いにも両方に解釈できたり、その前後の市場のセンチメントによっては、いままで見向きもされなかった些細な材料にいきなり飛びつく場合もあります。相場の予想は難しい。

だから、毎日配信される銀行のディーリングルームの相場推移記録も、変動要因を後付けで説明する場合が多く、結果に合わせて無理にこじつけているのではないかと思わせるようなコメントになっていたり、本日の予想レンジなんていうと、現状の相場を中心にして上下35円の幅で無難な予想しか出て来なかったりします。「相場は市場に聞け」と言われますから、後付けでもなんでも結果を記録するということはそれ自体に意味あることではありますが・・・。

しかし、その変動要因も、長期間の相場予測になると、数日の極短期間の変動要因よりは幾分落ち着いているのではないかと思います。このことを具体的に例をあげて説明しましょう。

よく米ドル相場を動かす経済指標として有名な米国雇用統計では、毎月つきはじめの発表が近くなってくると、市場ではこれくらいの水準だろうなんていう予想値が出回るようになります。発表まではその予想値を材料にして買われたり売られたりするのですが、実際に発表されるとその数字が予想値を上回ったとか下回ったとかで、予想値との乖離幅をまた変動材料にして買われたり売られたりします。

つまり、同じ材料を数日間ごとに区切ってサブ材料として売り買いの材料にしているのです。サブ材料がいくつもでてきてその度に一喜一憂しなければなりません。逆に、投機筋としては敢えて市場を一喜一憂させ、相場が上下に振れる隙間に売り買いを指しはさんで設ける機会をうかがっている。投機人にとっては相場が乱高下しないと儲からないのでわざわざ変動する材料を市場に提供しているようにも見えます。しかし結局は米国の雇用状況が改善したか悪化したかという一つの材料でしかないのです。

さらに、米国の雇用状況が改善したか悪化したかという指標そのものは、それだけでは、直接の為替相場変動要因にはなりえず、もっと大きな要因の片棒を担いでいるにすぎません。もっと大きな要因とは、例えば米国の景気動向とかいうものです。それはさらに景気過熱などを通して物価に影響して、最終的には購買力平価説が解くところに行きついたり、国際間の需給バランスを変動させることで為替変動経常収支要因説の解くところに行きついたりするわけです。

このように、変動要因は極短期の小さな材料がより大きな材料に包み込まれるようになっていて、より大きな材料になればなるほど変動サイクルは長期になっていきます。そして大きな材料になるほど、その材料が為替相場に与える変動の方向性は、あまり議論の余地がなく、ほぼ教科書の説明どおりになっていくようです。

中小企業の為替リスク管理において、必要なのは極短期から長期のうちどのスパンにおいてでしょうか。為替を直接事業にしている企業は別です。製造業であれば、製品を海外へ輸出して輸出代金を外貨で受け取るまでの間だったり、海外から原材料を輸入して製造する製品を国内で販売するまでの間だったり、商社であれば輸出入契約を締結してから貿易決済するまでの間だったりするでしょう。いずれも今日明日の極短期ではなく、」数週間から数ヶ月、場合によっては1年くらいの中長期でみているのではないでしょうか。

中小企業にとっては、極短期のスパンで為替変動に一喜一憂する必要はありません。極短期の為替は全国の多くのMrs.ワタナベにまかせておけばいいのです。

そんな中小企業の為替リスク管理者に向けた情報としては、大手銀行が毎日配信するような、今日の為替はどうだとか、明日はどうだとかいうものはあまり役に立ちません。1ヶ月先、3ヶ月先、半年や1年先の見通しが必要なのです。場合によっては海外直接投資を考えているなんて企業にとっては、もっと数年先から数十年さきの見通しが必要になるでしょう。しかも、その見通しを支える根拠としての変動材料はなんなのかというところまで抑え置く必要がある。ただ当たるも八卦当たらぬも八卦では、相場当てゲームにしかならないからです。むしろ、買い材料と売り材料をその解釈の方法を添え、中期と長期に分けて列挙するだけで、具体的な予測数字などなくてもいいくらいです。

しかし残念なことに、世の中を探してみてもそんな情報はどこにもありません。いや、どこかにあるのかもしれません。世の中にないものを「ない」として確定させるほど難しいものはない。少なくとも私には見つけられないと言った方が正確です。

そこで、思い切って自分で整理してみようと思います。昔、大手銀行のディーリングルームで為替スポットをはじめスワップなどのディーラーをしていました。最近では、ある商社で為替リスク管理の体制を構築し、管理しています。そこで、両方の視点を生かして、シリーズ化し、毎月末基準で変動材料を整理してこのカテゴリーにUPしようと思います。興味のある方は月初に訪問してください。

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