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2011年10月

2011年10月26日 (水)

円高、最高値更新でどんな対策がとられるだろうか。市場介入だけはやめてください。

最近の為替相場は、もっぱら欧州ユーロ圏の財政・金融システム不安を材料にユーロを買うか売るかの動きが中心になっていました。ユーロを買うときには米ドルが売られ、ユーロを売るときには米ドルが買われるという具合で、円はどちらかというと、その動きにつれて少し買われたり、少し売られたりという状況なので、目立った動きがなかったわけです。それにしては、随分と高い水準で落ち着いてしまったものだと嘆いておられる諸兄。それはジャブジャブに注入されて主に新興国等に出回っていた流動性が、世界的なデフレへの不安から円等の主要通貨に回帰してきたらです。

そんな中、この数日、円に関する目新しい材料がないのに、最高値に挑戦する動きが出てきました。主要通貨への回帰現象で、高い水準に張り付いたまま凍ったようになっている円については、相当神経質になっており、僅かな材料でも天井を突き破ることができるだろうと踏んだ投機筋のチャレンジではないかと思います。

このような挑戦、僕は決して健全な市場の姿ではないと思いますが、それはさておき、この円高に対して政府はどのような対策を打つでしょう?今朝の新聞には27日にも追加緩和策を打ち出しそうなことが書いてありましたが、以前のような愚かな円売り介入はしないほうがいいですね。

単純な市場介入は、経験的にいままで数日間の極短期の効果しかなかったし、理屈の上からいっても効果がないからです。3月の市場介入に効果があったように見えたのは、あれは介入の効果ではなく、円高材料が一時の気の迷いに過ぎなかったことに市場が気づいたタイミングと介入のタイミングがたまたま合致したに過ぎません。理屈の上から言っても、円を売ってドルを買う行為は手元にたまったドルをいつか吐き出さなければなりませんから、将来の円高の種をかかえることになり、根本解決にならないのです。市場はその辺を見透かし、介入すればするほど安心して円買いに出るわけです。

海外が日銀の介入を非難するのは、「お前だけ、市場のルールを破って抜け駆けするのはずるいぞ。」と言っているように新聞には書かれていますが、実は「そんなことしても効果ないのに、愚かなことだ。」と言っているように、僕には聞こえます。

市場からみると、逆に「なあんだ、円売り介入しかできないのか。根本的な対策がないなら、怖くないぞ。安心して円買いができるな。」と。

市場というのは、一体何にどのように反応して動くのでしょうか。

最近の経済学では、市場に限らず、資本主義経済に参加している人々の「行動パターンは将来の予想に従う。」と言われています。

今年のノーベル経済学賞を受賞した、ニューヨーク大学のサージェント教授、プリンストン大学のシムズ教授は、合理的期待仮説に基づいた研究をしました。政策が持つ将来の影響や効果を予想し、期待して行動するというものです。

また、学習院大学の岩田規久男教授は、実質金利の予想値やインフレへの期待が為替相場に影響すると説明しておられます。なるほどと思ってしまいました。

それでは、「円安になりそうだ」という合理的期待を市場に形成する政策とは何でしょう?

僕は、野田総理大臣が財務相の時に提案し、今も円高対策の一部となっている、JBICによる海外直接投資支援融資枠のようなものだと思います。これはドル建てで、投資に不足する部分だけが円投になるので、即座に効果があるというわけにはまいりません。それでも、長期には効いてくると思います。何故なら、これにより、日本企業が円投して海外直接投資にドライブをかけるだろう。そしてそれはこの支援制度がある限り続くだろうという期待を形成するからです。

他にも、いろいろあるかもしれません。米国は通貨対策を追加する余地はもうあまり残されていないのに対し、日本には通貨供給量を増やす方法やら、中銀による国債引受けやら、まだできる事が残されていると思います。

この機に乗じて、一気に円の国際化を測ってみてはいかがでしょうか。繰り返しますが、円売り市場介入だけはやめてほしいと思います。

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2011年10月22日 (土)

ドラッカー「マネジメント」サブノート、第22章(全61章)

22. 雇用、収入、福利厚生

(1)   雇用の保障と収入の安定

  熟練・非熟練、肉体労働・知識労働にかかわらず、働き手が、前章に示したような責任を引き受けるうえでは、雇用と収入が安定している必要がある。「職や収入を失うのではないか」という不安を抱えていては、業務やチーム、精華、業績に責任を負うのは難しい。

  雇用の不安は生産性の向上やイノベーションに抵抗する原因にもなる。

a.  新しい技術によって職を奪われるという不安を持つ。

b.  高い達成意欲を示すと、そのせいで他の者が職からあぶれるのではないかという不安を持つ。

c.   こういった、失職への不安が生産性の向上やイノベーションへの抵抗となって顕れる。

d.  結局、法律や制度のうえで雇用や収入を保障しても不十分。

給料をもらっていても仕事のない人は失業したのと同じくらい不安を感じる。

収入を保障するだけでなく、積極的に仕事を生み出し、社会の一員として生産活動に携わる機会をもたらすことが求められている。

  体系的な就職・転職支援の必要性

a.  終身雇用が保障される日本の制度のもとでは人々は職を失う不安とはほとんど無縁であるが、その一方、雇用の流動性が低いという短所がある。既存産業にとっては人材を囲い込む助けとなる反面、新規産業の人材確保を妨げることになるからだ。

b.  欧米では、日本に倣い、各就労者層のニーズや家族のライフステージに応じた収入の保障を制度として取り入れるべきで、日本では、知識労働者を軸として、雇用の流動性を確保すべきだろう。

c.   レーン・プランは転職支援の事例である。

・ユスタ・レーン(スウェーデン、労働組合リーダー)が1950年大に考案した。

・スウェーデンは産業と経済の構造を変革し生産性の低い旧来産業の縮小を図った。

・そのため、技術の発展や経済状況変化等により人員余剰が生じる恐れが生じる場合は、レーン員会(政府、株主、労働組合の共同運営)に報告される。

・委員会は余剰労働者に収入を請け合い、訓練を施し新職場に就職させる。

・転職率は高いが、変化への抵抗はなく、新しい技術・知識への意欲が高い。

d.  このように、雇用を保障し安定させるためには、就職や転職を支援するための体系的な取り組みが欠かせない。

(2)   福利厚生

  資本の一部である、(会社の)利益を従業員の福利のために用いると、必ず大きな効果をもらし、利益への反発も無くなる可能性がある。その理屈は・・・

a.  賃金と資本の間にはせめぎ合いがある。働き手は賃金や給与に利害を持ち、経済や企業は、(会社の)利益や生産性へのニーズを持つ。両者は相いれない。

・例えば、米国では投資信託を通して労働者が株主にもなっているが、それでも労働者は、(会社の)利益に敵意を持っている。

・また、日本では、原則として解雇されないため労働者は会社の生き残りと繁栄に大きな利害を持っている(受益的所有者)が、それでも利益への反発が強い。

b.  その理由は、

・利益は、賃金に比べて小さく、賃金より利益を重視する気になれない。

・賃金は硬直的で安定的だが、利益は業績に大きく左右される。

c.   だから、利益を所得とみなすのは誤りである。利益は株主資本の一部であり、企業内部に留保される。

d.  従業員のために資本を充実させる目的で使用されてこそ、意味を持つ。そのときに初めて利益の役割が理解され、利益への反発も解消する。

  福利厚生のあるべき姿とは

a.  受益者である従業員に対して、費用対効果が最も大きくなるように便益を与えるべきである。

b.  最低給付水準を定めておく必要がある。

c.   プラン毎に拠出額を決めるより、福利厚生全体の負担金額を決め、その枠内で従業員の層別にニーズに合った給付を組み合わせて提供する。

d.  福利厚生制度の運用はできる限り職場コミュニティに委ねる

  今後も就労者は、福利厚生を求め続ける。福利厚生費率は上昇する。福利厚生を米国のように飾り看做すのも、日本のように慈悲と位置付けるのも適切ではない。経営者の責任と位置付けるべきだ。

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原発三法交付金で作った施設が、交付金が途絶えるともう維持できないとは一体どういうことか。

NHKのニュースで、原発三法交付金の問題について報道されていました。

脱原発を標榜しているいくつかの地方公共団体が交付金の申請を見送る方針を固め立というものです。その事については、「確かにそれは筋が通っている。そう考えるのも納得できるな。」と思いました。

地元に原発を受け入れたために、そこから派生するいろんなリスクを請け負うことになった。その代償として交付金を受け取ってきたわけだから、今後原発を受け入れないと宣言したら、受け入れの代償としての交付金は受け取る権利がなくなるのは当然です。

そのために、建設途中の施設の工事が続けられなくなったというのも仕方ありません。ニュースでは、そんな「仕方ない」工事中施設のいくつかが紹介されました。

ところが、その中にひとつに納得いかない物がありました。それは、ほとんど完成している施設について、今後交付金が途絶えると、運営維持ができなくなるというものです。どの自治体だったか忘れましたが、その自治体は、建設費用ばかりか完成後の施設運営にあたっても交付金をあてにしていたということです。

交付金の使い方に制限がないということなので、活用方法は自治体にまかされているようですが、まかされているならまかされているなりの責任ある活用の仕方というものがあるはずです。ならば、少なくとも次のような自主ルールくらいはあってもいいのではないか。つまり、

·   施設の建設費は初期投資費用として、最初だけにかかる費用であり、企業なら貸借対照表に計上できる資産なので、それは交付金で賄う。

·   しかし、その後のランニングコストは施設がある限り、ずっとかかってくる損失勘定なので、そこは循環ルールを設けよう。

·   なぜなら、交付金は他力本願のいつ途絶えるかわからない原資であるから、将来にわたって、ずっと支出し続けなければならないようなものに充てるのは適切でないから。

それを、何から何まで「おんぶにだっこ」では経済成長の全てを財政支出で賄うようなもので、とてもマネジメントがなされているとは思えません。

なんだか、借金漬けになってもまだ、自分たちの生活費をおねだりするギリシャのデモ参加者を見ているようです。

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政府の円高対策は、円高阻止を断念した対症療法でしかない。

日本経済新聞に、「円高対策へ専門組織」という見出しの記事が掲載されていました。21日に閣議決定する予定だそうです。

で、その内容は、政府と日銀が協力して専門組織を作り、その組織が中小企業向けの金融支援や、国内立地促進や、外国企業の買収のための資金供給といった、円高対策がきちっと進められているかどうかの進捗管理をするというもの。

円高対策と一口にいっても、いろんな方法があり、依拠する金融経済理論によっても異なると思います。しかしいずれの方法も、円高対策というからには、円高に直接立ち向かう対策であるべきでしょう。特に政府が立てる対策なんですから。

ところが、列挙されている対策は、JBICの投融資枠を除けば、中小企業向け金融支援とか、国内立地促進とかというもので、なんだか円高に直接立ち向かっているような気がしません。円高に直接立ち向かうということは、円高を防ぐという方法でなければなりませんが、これらは円高を防ぐというより、円高は仕方ないものとしてこれに立ち向かうことを断念し、円高から派生する問題に対処しようとするものでしかありません。

こうすることの問題は2つあります。

1.  円高から派生する問題をやっつけるためには、それらの問題の原因となっている円高をやっつける必要があるのに、円高から起こる症状に対して行う対症療法になってしまっている。原因を断たなければ、今症状が和らいでも、いずれまた同じ症状が起こる。

2.  原因から派生する症状は様々なものがある。原因から遠くなればなるほどその症状は多岐にわたり、それら全てに対処するのは極めて非効率であるし、不可能。

では、円高そのものに立ち向かう方法としてはどんなものがあるでしょうか。理論の切り口が攻めるなら、3つあるでしょう。

1.  円の購買力を弱くする。←購買力平価説

2.  海外の物を買いまくる。←経常収支連動説

3.  インフレを起こす。←実質金利変動説

上記の3つが円高に直接立ち向かう対策のターゲットになるなら、一般にも言われている通り、いくつもの対策を列挙することができます。例えば、日銀が国債を引き受けてインフレを起こす(実質金利連動説)。インフレはまた、物価指数を押し上げて円の購買力を弱くするので、購買力平価説に基づいた対策ということにもなります。それから通貨供給量をどっと増加させる方法も物価指数を押し上げて円を弱くする効果があるでしょう。

では、「海外の物を買いまくる」方法では何があるでしょうか。実は、JBICの投融資枠がこれに当たります。外為特別会計のドル資金を使って、これを投融資に活用してもらうという方法です。この記事の冒頭で、「JBICの投融資枠を除けば」と書いたのは、実は打ち出されている対策で唯一これだけが、円高に直接立ち向かう対策であると思われるからです。もっとも、ドル資金だけでは不足する投資資金を円投することの効果だけですが。それでも、直接立ち向かう方法には違いありません。

円売り介入だけはやめた方がいいと思います。政府には、市場介入ではなく、市場の性質を利用した、円高阻止対策を考えもらいたいものです。

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2011年10月17日 (月)

東北被災地、復興資金の全額を国に要求するというのはいかがなものか

東日本大震災の被災地である宮城県のとある町の町長が、「復興に必要な資金は、通常の予算の55倍にもなる。」として、その資金の全額を国が負担すべきとの要求をしました。自分の町ではいささかも負担せず、全ての負担責任は国にあると言っているようです。

しかし、果たしてそうでしょうか。それは正しい要求で、当然の権利なのでしょうか。そして国家の当然の義務なのでしょうか。ちょっと違うような気がします。なぜなら、まさかの事態に備えて、普段からなんらかの蓄えやら準備やらをしておくのが、普通の組織であり、まずその備えを使った上で、支援を依頼するので、普通はまるごと他人任せということにはならないと思うからです。

この町長の発言の背景として考えられるのは、下記の2つの場合です。

1.  普段からなんの備えもしていなかった。

これは、地方公共団体という組織としては、組織の体を成しておらず、市政を誤っていると言わざるをえません。どんな中小企業だって、まさかの事態に備えてなんらかの蓄えをしているものです。

2.  普段から備えていたが、次の「まさかの事態」に備えて、その蓄えはとっておきたい。

まさかの事態のための備えを次の「まさか」に備えるなら、未来永劫、その備えを活かす場面はおとずれません。そういうのは備えとは言わないので、これもあり得ません。

いずれの場合も、共通しているのは、普通の組織では考えられないということと、泣き叫んでいれば親がなんとかしてくれるという甘えです。厳しい言い方に聞こえるかもしれませんが、全部自分でやれと言っているわけではありません。被災地を支援するのは同じ人間として当然の義務だと思っていますし、実際に多額の義捐金も出しました。

しかし、それはまず自分で自分を支援するという主体的な意識があるということが前提だということです。自分は被災した弱者であるから、いささかも負担するつもりはないと、胸をはって言われると、それはちょっと違うのではないかという気持ちになります。

「助ける」とか「助け合う」、「手を差し伸べる」ということはとても美しく、日本人の美徳でもありますが、それが当然であるということになって、権利と化してしまうと逆に問題です。弱者は弱いから助けが必要なのですが、助けてもらうという意識が権利意識となって、その権利ゆえに弱い立場が強い立場に変化し、今まで手を差し伸べていた人達がその圧力に屈してしまうという現象が、今回の被災地以外の日本中のあちこちで起こっているような気がします。

そして、その一番大きな例が現代日本の国民と国家の関係ではないかと疑っています。国民は弱い、国家は強い。国家の運営を代表する政府が、弱い国民にゆすられると、どうしようもなく弱腰になってしまう。だから、財政赤字がどんどん膨張し、破綻しそうになってもまだ、ポピュリズムから脱却できない。

ケビン・メア氏が沖縄住民はゆすりの名人と発言して職を追われましたが、沖縄住民だけではない。日本国民全体がそうなっているような気がします。

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2011年10月16日 (日)

ドラッカー「マネジメント」サブノート、第21章(全61章)

21.責任意識の強い働き手

(1)   働き手が達成感を得るために

  仕事に責任を負うことが欠かせない。その為に以下の3つが必要である。

a.  生産的な仕事

ž 制約から解放し各自創造性に任せる事が生産性向上させるというのは幻想だ。

ž 必要なのは、知識や分析といった基本的ツールが提供され適切な業務方法を見出すことだ。直感ではいけない。

b.  自己管理の為のフィードバック

ž 業績や成果に関する情報を本人にフィードバックさせれば、仮に何をしなければならないかを十分に理解してなかったとしても、業績のコントロールや軌道修正が可能である。フィードバック情報は、働き手が自己評価と方向付けを行うためのツールの役目を果たす。

c.   たゆまぬ学習

ž 学習は自分と仲間の成果を高め、より効果的・合理的な仕事の仕方を見出したいという働き手の欲求を満たす。

ž また、働き手のイノベーションにたいする抵抗感を取り除き、時代の変化についていけなくなる問題に正面から対処できる。

  以上の3つの前提条件は、働き手に業務、チーム、成果への責任を負ってもらうためのプランニングの一環をなす、経営層の果たすべき仕事である。

a.  経営層は、プランニングに最初から働き手を巻き込んでおく必要がある。

b.  プランナーは指示内容、成果測定方法、分析・統合のツール、方法論、基準値等を業務の担い手に示さなくてはいけない。

c.   一方、プランナーは業務の担い手を協力者やフィードバック源として必要とする。

  働き手が仕事への責任を引き受けるには、明確な権限関係に守られているとの条件が必要(自分の権限・領分どこまでで、どこから上役に委ねるべきかを理解する)。

  仕事と作業チームへの責任

a.  必要な業務の基準を満たし、各人の業務をまとめあげるために、チームの組み立てと関係性を築くのは働き手とチームの義務である。

b.  働き手の知識や専門性を知る必要があるが、それらは働き手自身が一番よく知っているからだ。

(2)   上記の具体例として、組み立てラインと職務の充実

  組み立てライン

a.  従来型の動機づけ(飢え等)からの脱却圧力が最も強いのが組み立てラインだ。

b.  第二次大戦中の航空機エンジン工場や、スウェーデンの自動車組み立て工場(とかるやの注釈:ボルボのセル生産は有名)等にその事例を見ることができる。

  職務の充実

a.  組み立てライン以外では、「職務の充実」への要請が高まっている。

b.  それは、産業エンジニア等が、果たすべき個々作業をモジュールとして定義し、業務の基準を定め、担当者が自ら自分の業務を設計する方法で行われる。

c.   作業チームと業務プロセス、チーム構成・結束などにも責任を負うよう期待される。

(3)   働き手の責任と新世代の働き手

働き手の責任は新世代の3つのグループにとって大きな意味を持つ。

  第一グループ:若い肉体労働者~負け組だが基本的な教育を受けており、アメとムチは効かない。成し遂げる力、人間性、品位に自信が持てないでいる。

a.  負け癖を乗り越え、劣等感を跳ね返す為、成果をあげさせ自信と安心を与える。

b.  例 :GMローズタウン工場~IBM流をまね、技術視点から業務を徹底解剖、工員と職長を巻き込んでプランニングを行い、彼らが求める情報を探って、当人たちの責任で業務や作業チームを設計させた。

  第二部グループ:先進国に流入した、工場化に馴染みが薄い移民(米国の黒人など)

a.  多くの面で温かい助けを必要としているので、手を差し伸べる必要がある。

b.  ここでも仕事に責任を持つ週刊や達成感を教え込むことが有効である。

   第三グループ:知識労働者~とりわけ高度な知識を生かして仕事をする人々。

a.  まわりが動機づけすることができず、自分自身でモチベーションを見出すほかない。

b.  監督が馴染まない。

(4)   職長の救済

  職長は上下両方(マネジャー層と部下)に対して責任と役割を負わなければならない。

  そのため働き手に責任を持たせ、達成意欲を満たすのがその役割である。

  それは監督ではなく、知識や情報の提供、人材の配置、研修、指導、基準や指針の提示などである。これで職長は上下からの板挟みの状態から抜け出せる。

(5)   職場コミュニティ

  共同体としての工場やオフィス

a.  工場やオフィスは職場コミュニティの場となる共同体である。

b.  職場コミュニティに関する判断(休暇の予定、レクリエーション活動など)は、権力で統治するのではなく、職場に任せる。

  職場コミュニティにまつわる上記の活動は、責任を担い、リーダーシップを発揮する機会を提供することにもなる。

  自治的な職場コミュニティ

a.  しかし、職場コミュニティは参加型民主主義ではない。チームは特定の作業と業務をこなすためにマネジャー層によって組織されるべきだ。

誰もがマネジャーを自認し、自分の業務とチームへの責任、組織全体んお成果や業績への責任、職場コミュニティの社会的任務への責任を引き受けることができる組織が目標である。

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2011年10月13日 (木)

スロバキアの欧州金融安定基金拡充案否決と、タダ乗り許容力

ユーロ圏の財政や金融システムが危機に瀕しているため、この対策として、2010年からのギリシャ危機を踏まえて設立されている、「欧州金融安定基金(EFSF)」の機能を強化する案がまとめられ、各国の承認決議を待っています。先月まで順調に各国で承認されてきましたが、最後に残ったスロバキアでは、否決されてしまいました。

どこか一国でも承認が得られなければ全部だめになってしまうところ、スロバキアは他の全員が賛同しているのに、一人でこれに反対を唱え、せっかくまとまりかけた案を水の泡に帰そうとしているように見えます。

よく話を聞くと、背景には政治的な駆け引きがあるようです。次の決議では野党が、政権の総辞職等を条件に賛成に回るだろうと言われていますので、市場はこれを冷静に受け止め、ユーロの為替相場も極端には影響を受けませんでした。

それにしても、どうしてでしょう?

NHKのニュースでは、市民のインタビューが紹介されていました。彼女は、「ギリシャの人々の暮らしは私達よりいいのに、なぜ私達がギリシャを支援しなければならないの?税金を使うなら私達の為に使ってほしいわ。」と言っていました。スロバキアは厳しい基準をなんとか苦労してクリアして、ユーロ圏に加入しています。一方のギリシャは、偽りの統計を使って、基準をクリアしてユーロ圏に加入しました。つまり、粉飾決算によってごまかして加入したということです。悪意ではありませんでしたが。

こんなことが背景にあるなどして、どうやら、スロバキアの世論は、「怠けていたせいで破綻しそうな国は、いくらユーロの仲間といえども助けてなんかあげられない。助けてもどうせまた駄目になるだろう。」というようになっているようです。こう言われると解らなくもないなと思ってしまいます。議会はそうした世論を受けて、反対が多かったのでしょう。しかし、一方ではせっかくまとまりかけた案を一国の否決でつぶしてしまうことへの責任の大きさに慄き、空気を読む必要も感じている。

最終的にどんな結論を出すかはわかりませんが、この問題は、世の中のタダ乗りをどこまで許し、どこからは許さないかという永遠の課題にぶち当たっているのだと思います。

似たような問題は他にもあります。例えば、

1.  米国の健康保険

オバマ大統領が進めた皆保険は、共和党を支持する多くの人から嫌気されていました。その理由も、スロバキアの世論と似ています。「この国は自己責任の国だ。努力次第ではアメリカン・ドリームをみることができるはずなのに、ろくな努力もしてこなかった連中のために、われわれの税金が使われるのはまっぴらごめん。」というものです。彼等も社会全体として、セイフティ・ネットが整備される必要があるということは理解しているでしょうけど、感情的にはどうしても納得がいかないということでしょう。ことは「機会の平等か、結果の平等か。」という問題にも関わってきます。

2.  イタリア北部と南部

昔から、イタリア北部は、経済が発達し豊かでしたが南部地方は貧しかったので、経済的には北部地方が南部地方を支援する構造が続いてきました。当然、北部地方の人々には不満がたまります。でも同じイタリア人同士なので助け合わなければと、なんとか耐えてきました。

EUを含む上記の3つの例は、しかし、同じように見えて、同じではありません。イタリアは一国の国内の問題で関わる人々もほぼイタリア人という単一民族。米国は、相当の範囲で自治が認められている州の集まりである合衆国。そして、EUは民族も言語も異なる多数の国の寄り合い所帯。

そして、問題の根の深さもそれに応じて異なっているようです。このことから、民族の絆が強いほど、タダ乗りを許容できる力が強いということが類推できます。

もともと、EUはECでした。さらにもっと昔に遡ると、独仏国境地帯にあって、たびたび両国の争いの種になっていた炭鉱について、再び争いにならないように国境を越えた機関で管理しようという発想で、周辺の国だけで形成した欧州石炭鉄鋼共同体が始まりでした。それが、どんどん拡大し、真に迫られた当時の思いをすっかり忘れてしまったのが現在の体たらくなのではないでしょうか。だから、国家間の絆も弱く、体質も異なる。危機にひんしても仲間として助け合う気にならない。

この状態を脱するためには、EUを合理的に円満に離脱できる枠組みを作るのが一番いい。そしてタダ乗りを許容できるほどの一丸となれる規模にまとまるのがいいのではないかと思います。

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2011年10月 8日 (土)

ドラッカー「マネジメント」サブノート、第20章(全61章)、第二巻

20.   サクセス・ストーリー :日本企業、ツァイス、IBM

前章では、働き手と労働について、理論と現実を説明し、Y理論だけではなく、X理論における命令や心遣いのような安心材料も提供する必要があることを述べた。

本章では、その好事例を示す。

際立った過去の例で多いのは、ダンケルクの戦いなど、国家的な危機に際して、労働者たちが大義に貢献してるという実感を得る場合であった。

(1)   日本企業はどのようにしているか

  第一印象ではX理論に忠実に見えるが、仕事のやり方は担当チームに任せたり、やり方を組み立てる際に担当者を巻き込む方法をとったり、業務の担い手自身にツールの改善を行わせたりする。

  禅と儒教 :働き手に仕事やツールへの責任を負わせる仕組みは「継続訓練」と呼ばれ、禅の修行に根ざしている。

a.  禅では、現在の事をこなしつつ絶えず視野を広げ、能力を高める。学習曲線を登りきると新しい学習曲線に移行し、常に成長する。

b.  これに対して儒教は、欧米発想に似て、学ぶ目的は備えるためと捉えられ一定レベルに達すると進歩が止まる。

  終身雇用

a.  無作法をしたら再就職が極めて難しいので、周囲に合わせる強い意識へつながる。

b.  勤務先が傾くことへの不安が強く、勤務先を守るため身を粉にする。

  弾力的な人件費

a.  終身雇用の一方で、業績が低迷した折には多くの従業員を解雇する。解雇されても困らない人々を人員整理の対象とすることで調整を図っているのだ。

b.  55歳で定年の後、臨時雇いなどで、働き続ける。但し報酬は三分の二以下。

c.   一方、若手は極めて安い給与に甘んじている。

d.  このような制度のもとで、「職や収入を失うおそれはない」との」安心を得ている。

  従業員のニーズにあった福利厚生制度

a.  働き手のニーズに合わせて福利厚生を組み立て、賃金と同等以上に扱う基本思想は、労働とその担い手をマネジメントする日本的手法の根幹をなす。

  後見人制度

a.  中間マネジャー層で人望が厚い社員が若手の世話をしたり相談にのったりするいわば後見人の役割を担う(ただ、派閥弊害もある)

  ボトムアップの責任

a.  部下たちも意思決定に加わり、責任の一端を担うよう期待される。

(2)   ツアィスの例

  共同経営者だったエルスト・アッベは、作業を組み立てる役割を作業者チーム自身に与えた。

a.  非画一的最長生産であるが、ヘンリー・フォードと異なる点は、作業組み立てを作業者自身にやらせたことだった。

  アッベは、昇進の為の研修ではなく、技能を磨く為の研修を継続的に行った。日本の訓練と似ている。

(3)   IBMの例

  各人の業務の幅を体系的に広げ(各人が多くの作業を習得できるように、業務を簡素に設計)、そのうちの少なくとも一つは技能や判断を必要とする中身とした。⇒仕事のリズムが変化し生産性向上した。

  職長の任務を見直し、作業者の補佐と位置付けた。また各職長の配下に複数のインストラクターをを設け、そこから人材を登用した。

  製品や作業のエンジアリングは、生産現場でエンジニアが職長や工員たちと膝を突き合わせるようにして行った。

  1936年に、それまでの出来高賃金に代えて、定額給与にし、生産量はノルマではなく職長と相談しながら自分で目標を定める方法にした。

(4)   教訓

  以上の好事例に共通する要点は、

a.  いずれも「懐の深いマネジメント」ではなく、参加型民主主義的なマネジメントでもない。また柔軟な組織を積極には活用していない。寛容さや参加民主主義は万能ではない。

b.  各事例とも、正規の指揮命令系統が明快に示され、注意深く守られている。

(とかるやの注釈 :事例にある担当者や職長の意思決定参加はいずれもその組織内に限定されている。その組織への指示命令は正規の系統を通して、上位組織から明確に示されなければならない。)

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2011年10月 6日 (木)

スマートフォンの使い方、iPhone「4S」とクラウドサービス

米アップルが、高機能携帯電話(スマートフォン)の新型、iPhone4S」を発売する。日経新聞によれば、この新しい機種は、クラウド型サービスに対応した基本ソフト「i OS5」を搭載しているそうです。

クラウド型サービスに対応したOSっていったい何でしょう。クラウドサービスが受けられるかどうかはOSの問題ではないような気がするのですが。日経新聞の記事では、このクラウドサービスに対応しているという事が、大きなイラスト入りで、相当念いりに説明されていました。クラウドに対応できるという事がこのOSに固有のものなのかどうかは、この際置いとくとして、確かにクラウドサービスは、これまでのパソコンや携帯電話の使い方を変える可能性があるのかなと思います。

みんなは、スマートフォンをどのように使っているでしょうか。スマートフォンの持つ特徴をよく理解して使っている人は、ごく僅かではないかと私は思っています。私自身、2年ほど前から使っていますが、導入する前に目論んでいた事が、実はスマートフォンを使ってもスムーズにはいかず、こんなことなら普通の携帯電話で十分だったなと思っています。

私が目論んだのは、「自分で作った大量の情報ファイルを手帳のように持ち運ぶ」ということでした。でも、自宅や会社のパソコンと同期させるのが結構煩わしく、結局その使い方は実現していません。

結局、通話機能、メール機能、スケジュール管理機能、情報取り入れ機能・・・・くらいしか使わなくなってしまいました。で、よく考えてみるとこんなことは、以前使っていた普通の携帯電話でできたことではないか。わざわざアプリケーションをダウンロードするまでもない。

実は、他のスマートフォンユーザーも、多かれ少なかれ私と同じではないかと思っているのです。「iモード」がしっかりしていれば、それで十分だったはずです。日本の携帯電話はガラパゴス化と揶揄されつつも、その充実した機能はどこのメーカーにも負けていません。それどころか、海外メーカーの貧弱な機能しか装備していない電話とは比べ物にならないくらい「いいもの」だったのです。

そこで海外のメーカーが、その機能を装備しようと世に出したのが、すきなアプリケーションを後天的に組み込むことで、日本の携帯電話の機能充実度と同等になると目論んだスマートフォンです。

実際、海外でスマートフォンがどんどん普及していったのに、日本のユーザーは当初見向きもしませんでした。

昨日若くして亡くなられた、偉大なスティーブ・ジョブズ氏があまりにもカッコ良く勧めるものだから、それに乗せらてしまったようです。

もっとも、これには事情があります。日本では、高機能ゆえに高額になってしまうハードのコストを、通信会社が肩代わりしてしまうという料金制度であったために、本来はなかなか手が出ない高価なはずの高機能携帯電話が極端な安値で販売されたので、おおいに普及しました。しかし、海外ではメーカーはメーカー、通信会社は通信会社で別なので、通信会社がコストを肩代わりすることはせず、高機能にするとハードが高すぎて誰も買いません。だから別な方法、すなわちスマートフォンで対応することになったというわけです。

おそらく、日本のスマートフォンユーザーの大半は、普通の携帯電話でも装備しているような一部の定着したアプリを除けば、ちょっと気になるアプリケーションを見つけたらダウンロードし、すぐ飽きるからまた別のを探しに出かける。その行為そのものが物珍しいということではないかと思います。つまり、「おもちゃ」としての使い方で冒険中というのが正直なところではないでしょうか。

さて、そんな中で、クラウドです。クラウドは、自分の、或るいは自分の為にも用意されたコンテンツ等を一ケ所にまとめ置きし、それを自分が持ついずれの端末機からでも取りに行くことができるという利点がありますね。

端末機は自宅のPC、会社のPC、持ち歩く携帯電話、タブレットなど場所によって異なります。昔はそのマシン毎にコンテンツ等を収めなければならず、いくつもマシンがあるとその数だけ揃えるか、記憶メディアを刺したり抜いたりしなければならなかった。

しかしクラウドが導入されたので、そんな必要はなくなったのです。そして今は、持ち歩く端末機でもそれは必要なくなったということなのです。

日経新聞の記事では、一ケ所にまとめ置きするコンテンツとして、音楽を例に出していましたが、私の場合は、自分で作った大量の情報ファイルです。これは私にとってとっても便利です。なにしろ、キャビネット何箱分もの情報をいつも携えて持ち歩けるわけですから。

携帯電話の使い方も、単なるおもちゃから、生活の道具として、或いは知的生産のツールとして大きく変わっていくんじゃないでしょうか。

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2011年10月 3日 (月)

外国為替相場推移と今後の為替動向判断材料(2011年9月末現在)

【米ドル】

9月は主に欧州が注目された相場展開となり、ドル円は直接材料に乏しかったことから、76.10~77.84の小幅な動きでした。

月の初めから追ってみますと、米国雇用統計が予想を下回る結果だったことなどから76円台半ばに弱含んで始まった米ドルは、6日にスイス国立銀行の通貨対策(1=SFR1.20を超える場合には無制限介入)が発表されると、スイスフランがユーロや米ドルに対して下落したため、77円台後半まで上昇しました。その後の、オバマ大統領が打ち出した景気対策は限定的ながらも一定のドル下支え効果あり、月半ばにかけて77円台を維持する小動きで推移しました。

月の後半では、FOMCがツイスト・オペを実施しました。しかし、これは短期国債を売って長期国債と入れ替えるもので、為替相場の短期動向に影響を与えるものではありません。むしろ声明では米景気減速懸念を強める内容であったため、売り圧力が強くなり、76円台前半まで弱含みました。月末にかけては第2四半期GDPや米失業保険申請状況を好感し、77円台前半まで回復して月を越しました。

【ユーロ】

9月のユーロは、月初めの高値圏(1.43台)から月半ばにかけて安値圏(1.33台)に下り、その後は月末にかけて安値圏で上下する展開でした。

具体的には、月の前半では、スイス国立銀行の通貨対策や、ドイツ憲法裁判所判決(債務危機のユーロ諸国支援が違法との訴えを退けた)などの買い材料がありましたが、それ以上に、IMF支援につながるはずのギリシャの追加緊縮措置を拒否した事や「ギリシャがユーロ離脱なら連鎖反応が起こるだろう」とのメルケル首相の懸念などの売り圧力が勝ち、1.35を切る水準まで下落しました。

月の後半では、相変わらず底流する欧州不安(売り材料)に対して、ユーロ共同債やEFSF(欧州金融安定基金)の機能拡充など、対策案の議論進行(買い材料)が交錯しながら、結局1.34を切る安値圏のまま月を越しました。

【今後の短期~長期予想】

欧州財政・金融システム不安から派生する当面の緊急流動性確保の動機によって、短期から中期の流れが変わったと思います。リーマンショック後注入された大量の流動性は新興国に流れていましたが、高いソブリンリスクを抱える主要金融機関への不安はユーロ圏内にとどまらず、世界を覆う金融システム自体への信頼も揺らぎかねないことになっています。このため、当面の支払い手段を手元に確保しておきたいとの思いが広がりました。そうなると弱体化したとはいえ、未だ決済通貨としてシェアが高い米ドルへの回帰が自然です。価値保存を目的とした「金」が急落したのもこの動きでしょう。

ただ、対円ではどうかというと、リスク逃避先としての円ロング余地はまだ残されており、ドルと一緒になって買われると予想されます。結果、1ヶ月以内の短期から数ヶ月以内の中期にかけて、ユーロはドルに対して1.3台での弱含み、ドルは円に対して現状よりも若干の強含みながら、80円の上値は非常に重たいと予測できます。

一方、中期から長期にかけては、米国債務問題、欧州財政不安、日本の経常収支悪化・財政不安・デフレという基本的な材料は変わりません。ただ、上記のような新興国を中心とした国々からの資金流出や流動性が「わな」にはまる動きが加速することになれば、相対的に日本の実質金利が低下して、超長期でみていた円安が前倒しになる可能性があります。

【短期~長期の判断材料、番号は優先度】

短期的な材料(1ヶ月前後)

1

欧州財政・金融システム不安から派生する当面の流動性確保の動き(米ドル買い)

2

EFSF(欧州金融安定基金)の機能拡充法案の各国での承認手続き進捗状況。

3

市場では106日のECB理事会での利下げ観測も浮上しており、引続きユーロは軟調な展開が続くと考えられます

4

米ファンダメンタルズ・景気動向(米FRBの追加金融緩和策への期待がなくなったので当面は米経済力に回帰)

中期的な材料(数ヶ月)

1

欧州(ユーロ圏)の財政・金融システム不安から、新興国を中心に、安全資産より緊急時の流動性確保が重要との対応変化が顕れ、円・米ドルへ需要が強まっている。

2

ギリシャ等の重債務国の国債を大量保有する欧州主要銀行の信用不安・健全性不安。

3

スイス国立銀行の為替対策(スイスフランの下限設定)により、リスク逃避先としての円が再クローズアップされる。

4

日本:円高対策パッケージ(日本企業の海外投資支援の為JBIC通して$資金融通(残額を円投させる)主要銀行に持ち高日次報告義務付け)

5

欧州債務問題(過剰債務を抱えるギリシャなどへの支援負担からユーを嫌気する)⇒リスク逃避先:¥・SFR

6

米国債務問題から派生する(財政悪化により米ドルを嫌気する)⇒リスク逃避先:¥・SFR

長期的な材料(数年)

1

米国金融危機(リーマンショック)、欧州金融・財政不安⇒新興国からの資金引き揚げ⇒各国実質金利低下⇒円の相対的な金利低下

2

日本:復興需要と製造業の海外移転で輸出競争力低下⇒貿易収支悪化⇒経常収支悪化

3

米国:FOMC声明(8/9)「景気回復スピード予想以上に遅く、少なくとも2013年半ばまで超低金利政策を継続する」と発表 ⇒米金利引き上げ時期のずれ込み。ドル売り材料

4

日本:貯蓄率低下・国債残高膨張による国債消化力低下⇒財政破綻

5

米国:リーマンショック金融危機への対処の結果として負った財政負担(債務上限引き上げでは解決しない)

6

EU:PIIGS財政悪化問題(支援策では根本解決にはならず、長期的課題となる)

7

2011/9月G20で、経常収支不均衡是正の進捗状況(黒字国通貨高へ)

8

米国:米国債務上限引上げ法案可決と引き換えに、財政赤字削減2兆ドル以上は今後2年間にGDP0.20.5%押し下げる影響

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2011年10月 1日 (土)

ドラッカー「マネジマント」サブノート、第19章(全61章、第二巻)

19.   仕事と労働 :その理論と現実

(サブノート作成者「とかるや」の注釈 :仕事については、1718章でみたが、労働についてはどうだろうか。働き手と労働についての研究は、人間関係学派の諸説にみることができる。そのうちもっとも広く読まれた、マクレガーのX理論・Y理論について、現実と課題をみる。)

(1)   X理論・Y理論

  X理論 :働き手と労働への従来型のアプローチ。人々は怠惰で働くのを嫌うため、アメとムチをうまく使い分けながら働かせなくてはいけない。多くは責任をもって行動できないため、誰かが注意を払う必要がある。

  Y理論 :人間には働きたいという心理的欲求があり、達成感や責任を求めている。人間は成熟した存在でありたいと願うもの。

(2)   マズローによる批判

  Y理論を実践しようとすると、マネジャーやその部下の負担は大きい。Y理論の求める責任や自己規律に耐えられず持ちこたえられない。(とかるやの注釈⇒Y理論はそれだけでは実現性に乏しい)

  抑圧を取り除くだけでは不十分。

a.  X理論での安定性や確実性に代えて、別の安定性や確実性の枠組みを用意しなくてはいけない。X理論で命令や懲罰が果たす役割を別の手段によって実現する必要がある。

b.  X理論に代えてY理論を取り入れるだけでなく、X理論のはるか上をいかなくてはいけない。

(3)   マネージャーにとっての現実とは何か

  「スイッチが入る」などの口語表現が示すように、日常では、自分から行動を起こすのではなく、何か自分の外にあもの(動機、衝動、刺激)に反応する。人間の行動は、X理論・Y理論とも馴染まず(人間の本質論ではなく)仕事の仕組み応じて決まる。

  マネージャーが問うべきは、人間の本質はどの理論が正しいかではなく、自分の状況にはどちらが適しているかである。

(4)   「ムチ」(恐怖~大きな恐怖と小さな恐怖)

その中でも、事実は、X理論に基づく従来のアメとムチはもはや機能しない。その理由は・・

  過去には、大きな恐怖(クビになる恐怖)で労働へと駆り立てたが、現在は失業の恐怖は過去ほど大きくはない。

  小さな恐怖は~規律を守る方策は必要だが~労働へ駆り立てる効果はなく、規律を守るための方策を誤って仕事への動機づけにすると、反発を招くだけ。

(5)   効き過ぎる「アメ」

ではアメについてはどうだろうか。

  世の中が豊かになると、物質面の報償は、その期待が高まっているため、それだけでは働き手の士気を引き出せずメネジメント・ツールとしては有効性が衰えている。

  また副作用も伴う。総収入はが増えて十分になっても、周囲と比べて少ない場合の不満は大きくなっていく。経済的報償というアメに頼ると。多額報酬者とその他の両方を疎外し、組織が分裂しかねない恐れがでる。

  知識労働者と新世代肉体労働者にはとくに効き目が弱い。

(6)   アメとムチに代わるものはあるか

以上のように、アメやムチは現代では頼りにならない。ではそれに代わるものはあるか。

  たいていの場合は、X理論の精神はそのまま活かし、恐怖や金銭に代えてモチベーション要因を取り入れようとするが、それは多くに全知全能を要求することになり難しい。

a.  最近の産業心理学では自己実現、創造性が強調されるが、肝心の中身は心理操作によるものであり、それはX理論が前提としているものである。

b.  物質的報償に代えて、疎外感への恐怖や心理的安心を使っているに過ぎない。

c.   この場合は、命令に代えて説得が使われ、18世紀哲学者が唱えた啓蒙専制君主と理屈と同じように、成果をあげるには支配者に万能が要求される。(あらゆるタイプの内面を見通し、部下全員に感情移入しなくてはいけない。)

  (とかるやの注釈 :結局、Y理論を実践しようとして、実はX理論を脱せず、しかもX理論の実現をさらに困難にしている。)

  では、何がうまく機能するだろうか。

a.  Y理論だけでは答えとしては不十分。ただ、幸いにも多くの人が達成意欲を持つという裏付けがある。

b.  しかし、機会さえ与えれば達成しようと努力するY理論ではなく、弱者などを想定して、X理論における命令や心遣いのような安心材料も提供しなければならない。

c.   このような組織として、第20章で事例をみる。

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東日本大震災、被災地東北の高額消費活発化の意味するもの

東日本大震災の被災地で、高額品の消費が増えているそうです。9月27日付け日経新聞朝刊の記事によれば、仙台三越の時計宝飾サロンでは、東北で生産する高級ブランドが例年の3倍売れているとのこと。

また、ヤナセ東北では、4~8月のメルセデス・ベンツの販売台数が前年比4~5割増のペースで伸び、伸び率は全国15拠点でトップとなったとのこと。高額消費が伸びているだけでなく、買い方も、クレジット・カードを使うより、現金で購入する人達が増えているそうです。

さらに、東北6県の銀行・信用金庫の預金は増加し続けており、7月末の預金量は前年同月比10%増えました。これは全国平均の2.3%を大きく上回る伸び率です。

これは、震災後、東北の経済活動の一面を切り取ったものに過ぎませんが、今までとはちょっと違った角度から見た現象なので、この記事を読んだとき、「おや」と思いました。

震災後、連日TVで被災地の悲惨な様子が放映され、全国が支援・応援一色になっています。そんな中、支援・応援以外のものの言い方を少しでもしようものなら、「なんだ、お前。非国民!」と言われそうな。「日本中が頑張れと応援してるんだから、空気読めよなあ。」と言われそうな。

しかし、空気を読むことしかできない人々、その空気を乱すのは良いことではないと考えている人々ばかりでは、民主主義の中からうまれたナチスや、大東亜戦争にどんどんのめり込んで行った、かつての日本と同じになってしまいます。

そんなことを思うと、支援・応援・同情一色になっている震災関係報道にも、少し違った角度から震災復興事業を見る機会があってもいいのではないのかなと思います。というより、様々な角度から常に復興事業を検証していくのは、「望ましい」より「必要」なのではないでしょうか。そう言う意味で、この記事は皆が一方方向に駈け進むことに注意をうながした、勇気ある記事だなと、ちょっと興味を持ちました。

そこで、この記事を書いた記者の意をくみ、マスコミだから書けなかった内容を想像しながら、こういった現象がどうして現れるのか、その背景は何だろうかと想像してみます。あくまで想像ですから、正しいかどうかはわかりませんが、3つほどあります。

1.    震災で壊れた物や津波に流されてしまった物を、生活のためにもう一度揃える必要があるから、消費が活発になった。

これはごく自然で当り前のことです。生活に使っていた物を失ったから、新たに購入しなければならない。だから消費が活発になる。震災後しばらくの間は、日用品を買い揃える必要があったが、それが一巡したので、耐久消費財の購入の段階に入ったと想像できます。メルセデス・ベンツも、震災前にベンツを使っていた人が今買っているのだと。もっとも生活を取り戻すなら、ベンツでなくてもいいような気もしますが。

2.    震災の義捐金や復興援助などがたくさん入って、震災以前より豊かになってしまった。

これは、所謂「焼け太り」というやつです。火災保険に入っていて、火事で全焼したので保険金を受け取った。それで家を立てたら、以前よりももっと立派な家が出来てしまったというケースですが、これはどうでしょう。銀行の預金量が前年同月比10%増えたということですが、義捐金や保険金・補助金が震災前の資産を100%以上カバーする規模であったとはとても考えられません。万が一そうだとしたら、政府は復興財源をただちに見直すべきです。

3.    震災の義捐金や復興援助などが入ってきたが、家や工場を建て直すには不十分なので、それは諦めてベンツを買ってしまった。

現実に、私の住んでいる近くに、貧相なアパートに住んでるが、ベンツを乗り回している人が居ます。家を買うなら5千万円以上かかるが、ベンツ1台なら1千万円以下で済む。お金が全然ないなら、家も車もあきらめるが、多少のお金があるから、周辺を豪華にして満足しようという生活態度です。わからないわけではありませんが、これが被災者の状況だとしたら、心配です。持続する安定した生活の基本をあきらめて、せめてもの刹那を1点豪華でいこうというのは復興事業費そのものが全くの無駄に終わりかねません。この場合も、政府は復興計画と復興財源規模をただちに見直すべきでしょう。

冷静に、合理的に、科学的に物事をよく見極めたうえで、それらを材料に最終的には「思い」に照らして決めるという態度が政治には必要なのではないでしょうか。

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