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2012年2月

2012年2月26日 (日)

ドラッカー「マネジメント」サブノート、第32章(全61章)

32.   マネジャーの職務の構想と中身

(1)   よくある失敗~マネジャーやマネジメント組織の職務効果を損なう原因として、6つの失敗があるためそれを避けるとよい

  職務内容が取るに足らない場合は、人材が鍛えられない

a.  取るに足らず、数年で全てを学び尽くせるようなら、退屈して生半可にしか仕事をしなくなる。

b.  このため、当人の成長、学習、能力開発を何年にもわたって後押しするものでなければならない。

  「アシスタント的職務」等の職務とすら呼べないものにしてはならない。

a.  アシスタントは一般に、職務をとおして組織貢献することができない。責任を持たず、役割、目的、目標もはっきりしない。

  マネジメントだけではいけない。具体的な役割や職務を盛り込み、プロフェッショナルの性格も併せ持つべきである。

a.  マネジャーは調整役ではない。プレイイング・マネジャーであるべきだ。

b.  プレイイングの役割を与えないと手持無沙汰になり部下の仕事を肩代わりしようとする

  会議(調整)や移動時間に多くの時間を費やすような職務内容ではいけない。

a.  本人だけ、あるいは本人と直属部下たちだけでこなせるように配慮すべき。会議や調整を延々と繰り返さなくてはならないようではだめ。

b.  また、移動している間も仕事はできない。ニューヨークとパリを行ったり来たりするより、パリの子会社のマネジャーにまかせる。

  報償の代わりに肩書を与えることは、絶対に慎むべきだ。

a.  仕事には高い報酬で報いるべき。肩書を変更するのは、当人の役割、立場、責任大きさや範囲が変わった場合に限る。

b.  職務や職務構成を考える際に、昇進スピードを重視するのは避けるべきだ。その理由は、仕事を昇進で報いるべきでなないことのほか、年齢構成がいびつになることだ。年齢構成は若手にも年長者にも組織を危うくする。(とかるや注釈:年齢構成の偏りが、人材の世代間偏りを生むから

  「魔の職務」を放置してはいけない。

a.  かりに前職で高い手腕を発揮した人材が、ふたり続けて成果を上げられなかったり、音を上げたりしたら、その職務の内容を改めるべきである。

(2)   職務のつくりと人格

  職務には人材充てなくてはならず、職務は人材にふさわしいものでなくてはいけない。

  しかし、組織は、人材に左右されず、任務重視で作らなくてはいけない、さもなければ存続もできなければ、人材の交代もできないだろう。任務ではなく人を中心に据えて組織づくりをすると、担当者が変わるたびに組織を改めなくてはならない。(とかるや注釈:頭数の足りない、中小企業ではありがちな過ちである。)

(3)   マネジメント上の関係性の限界 :教科書では1人が監督できるのは数人が限度であるとの「管理の限界」が言われるが、そうではない。その理由は以下のとおり。

  重要なのは、直属部下の数ではなく、関係性の数である。

a.  社長が上級エグセクティブを何人も配下に持ち、それぞれが主要業務を担っている場合は少数に抑えるべきだ。おのおの固有の関係性だからだ。

b.  対照的に、シアーズ・ローバックの地域バイス・プレジデントは何百人もの店長を部下として抱える事ができる。これはどれも業務内容、職種とも横並びであるからだ。

  部下との関係だけでなく、上司との関係性やヨコの関係も重要である。

a.  例えば、経理マネジャーにとって、各事業部門のマネジャーが経理情報を活用できるかどうかが大きな意味を持つ。

(4)   マネジャーの職務内容を決める :職務内容を決める方法

  職務そのものを具体的に決める。

  職務に、具体的な数値、締切などの目標やゴールを与え、会社に対する貢献を関係づける。

  マネジャーの職務は、上、下、横方向の関係性によって決まる。

  それを果たすためにどのような情報が必要か、情報の流れの中でマネジャーがどのような位置にあるかによって決まる。

(5)   マネジャーの権限

  生産現場職長はセールスマンの報酬額を変える立場にないなど、権限と責任は職務中心であるべきだ。最前線のマネジャーには手に余るような判断を下す余裕はない。

  そのマネジャーが判断してはならない事柄は文書に明示し、明記されていない事柄は全てそのマネジャーに権限があると見なすべきだ。これは命令された事以外を禁止するのとは正反対である。

(6)   マネジャー、上司、部下、会社

  上司との関係、マネジャーと部下との関係は、どちらも双方向である。ともに権限や情報が絡み、相互に依存している。

  マネジャーのビジョンは常に上向きで、会社全体を視野にいれているべきだ。しかし、責任は下方向、つまりチームメンバーに対しても負う。マネジャーがチームづくりを成功させるうえで何より重要なのは、監督意識を捨て、部下たちとの関係を自らの義務、成果や達成感をもたらす責任という視点からとらえることである。

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2012年2月21日 (火)

決してブレない人々と普天間基地。沖縄海兵隊移転。犠牲のシステムは悪か?

【普天間とグアム移転の分割で、関係者はそれぞれ都合よい解釈をしている。】

先ごろ、日米両国政府は、普天間基地の移転課題と切り離して、海兵隊のグアム移転を先に進めることで合意したとの報道がありました。双方が意見を出し合って、まずは貴重な一歩として満足する形で合意したとの報道内容でしたが、その実は、米政府の見切り発車を容認せざるを得なかったとのことです。沖縄では、見直しが実現したことで、普天間基地の辺野古移転も見直し可能性が出てきたと解釈して、これを歓迎している一方、政府は政府で、先取りした負担軽減を目の前に見せることで、沖縄の強固な態度を和らげることができるかもしれないと、希望をもっています。どうやら双方とも自分の都合に合わせた拡大解釈をしてなんとか辻褄を合せているという微妙な状況にあるようです。

【しかし拡大解釈を続けているうちに、決まってしまう。】

しかし、いずれ、普天間基地固定化のリスクと進展の可能性のどちらが現実かが明らかになってくるでしょう。そうなったとき再び、政府は日米同盟と抑止力を持ちだし、沖縄は理不尽な犠牲を持ちだすことになり、双方が絶対にブレない方針をもって交渉に臨むため、妥協点を見いだせないまま時間だけが過ぎていくでしょう。

それを見ながら米政府は再び米国の都合で、一方的に何らかの方針を立てて決定してしまう。その決定は、沖縄にとっても日本政府にとっても、それぞれが思う自分の都合に合わせた拡大解釈ができるような決定内容になっているはずです。それを繰り返していくうちに、結局、沖縄の問題は当事者の意思や議論とは全く関係のないところでどんどん決められて最終決着することでしょう。その時になって沖縄も日本政府も、それは米国政府が決めたことだから仕方がない、自分たちは国民あるいは県民の意向を反映して一生懸命説得を試みたのだから、応分の責任は果たしたと、アリバイを主張するのでしょうか。

【ブレないことが、思考停止に陥らせている。】

ブレない政治家、ブレない交渉当事者とは困ったものです。ブレなければ政治はできず、ブレなければ交渉ははじめから成り立たない。事の内容を合理的に吟味する力を失い、ただブレないことだけが国民や県民の意向にそった政治だと思っているなら、それは当事者能力の欠如というほかありません。

ブレなければ・・・といのは少々乱暴な物言いでした。しかし、物事をひとつずつ分解してよく調べ、仕分けしていくことで多くの場合は双方が納得できる、結構良い結論を導き出すことができると思います。そしてその事が結果として当初の交渉方針から見ればブレたように見えると言い換えた方がいいかもしれません。

【政治かは大衆迎合的に、物事を一言で表現したがる。】

どうも政治家は大衆にわかりやすい一言を探し、それで複雑な案件を括ってしまおうとするのでいけません。問題が複雑だから、結局一言では括れずに、後でいろいろと注釈を加えることになってしまう。すると、それを大衆が見て、くるくる態度を変えられたのでは分らんということになる。政治家としては票を失うのが怖いから、多少自己矛盾を感じても最初の一言で押し通そうとする。その結果交渉も成り立たなければ、仮に交渉が成り立ったとしても滑稽で非合理的な結論を導いてしまうのです。

「かくすれば、かくなるものと知りながら、止むにやまれぬ大和魂」・・・

【犠牲とはなにか。交渉は双方の利益の均衡点を探すこと。】

横道にそれました。物事を分解して仕分けする方法に戻ります。

例えば、沖縄の問題を分解した材料の一つとして、「犠牲」とは何でしょうか。一方が他方の利益を何のみかえりもなく一方的に奪うと、奪われた方は「相手の利益獲得の犠牲となった」と感じるでしょう。みかえりが用意されている場合はどうでしょうか。利益より多くのみかえりを要求されたら、利益を奪う方は交渉動機を失うし、小さければ奪われる方が拒否することになります。全ての交渉事は利益とそれに見合うみかえりの大きさがその交渉材料となります。

こう言うと、「沖縄の犠牲は経済的見返りで済むような、そんな話ではない。馬鹿にするな。」と反論が出るでしょうね。しかし、そこをもうすこし我慢して「交渉の仕組み」を考えてみたいのです。経済的見返りだけが「みかえり」ではありません。政治的、精神的、名誉、・・・・みかえりにはいろいろあります。まずは交渉とは双方の利益の均衡点を探すことであると理解すべきです。

【助け合う社会なら、犠牲と見返りはつきもの。感情論ではなくもっと合理的に。】

取引交渉が必要ない社会は、全員が自給自足できる社会でしか実現できません。人にはそれぞれ得意不得意分野があって、各人が分業し、物々交換し合って、社会が成り立っているんだということです。このことを大衆迎合的ポピュリズム表現を使って言うと、「人は互いに助け合い、支え合って生きているんだ。」という言い方になります。響きが良くて聞き心地の良い表現にごまかされて、同調圧力に負けてしまうような交渉結果にしたくなければ、沖縄・政府とも、この問題が、譲歩・固執・痛み分けといろんなやり取りが可能な取引交渉材料の集合体であると認識する必要があります。その上で、交渉テーブルにつくのです。

【ただし、利益と犠牲の振り替えは禁止。】

ただし、この場合常に注意しなければならないポイントがあります。

利益享受する者と見返り提供する者は必ず同一人物とするということです。人物が一人ではない場合は、組織内での分配ルールに相当の配慮が必要です。間違っても、例えば沖縄が利益を享受し、利益相当の見返りを日本政府に提供したとして、沖縄のA君が利益を独占し、沖縄のB君が見返り提供を強要されるということはあってはなりません。

この大きな問題に関し、くれぐれも、なにも具体的に話をしないうちに全部米国に決められてしまったということのないようにせねば。

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2012年2月20日 (月)

ドラッカー「マネジメント」サブノート、第31章(全61章)

31.マネジャーとその仕事


(1)   マネジャーの仕事はふたつある。

  個を全体へまとめあげ、個の総和以上のい生産性を引き出す仕事

a.  交響楽団の指揮者に似ているが、指揮者は作曲家が書いた楽譜を解釈しているに過ぎないのに対し、マナジャーは作曲家と指揮者の両方の役割を兼ねる。

b.  企業は主なものだけでも、事業マネジメント、働き手と仕事のマネジメント、地域や社会との関係性のマネジメントの役割がありこれらを調和させなくてはいけない。

  判断を下したり、行動を起こしたりする際に必ず、当面と将来の要請をうまく調和させる

a.  将来の要請には、将来着手するのではなく、今から着手しなければならない。

b.  目先の利益のために、将来にどれだけのダメージを及ぼすか、或いは、将来の為に今をどれだけ犠牲にすることになるかを見極めなければならない。


(2)   マネジャーの仕事は5つの基本要素からなる。

  目標設定 :大枠の目標を定め、それぞれについて具体的な中身を詰め、達成に向けてなすべきことを見極め、導く。

  組織を取りまとめる :必要な活動などを掘り下げ、仕事を分類し、職務へ細分化し、これらをもとに組織を作り人材を選ぶ。

  部下の動機づけとコミュニケーションを担う :チーム別に編成し、報酬、配置、昇進など人事的な判断を下し、双方向コミュニケーションを図る。

  業績評価 :組織とひとりひとりに、成果を測り、成果をあげやすくするための尺度を与える。成果を分析、評価し、測定結果を部下、上司同僚などに伝える。

  人材を育成する :これに自身の能力開発も含む。

(3)   人材はマネジャーにとって経営資源である

  相手の能力を伸ばす

a.  人間をは働かせる以上は、必ず相手の能力を伸ばすことになる。その方向に伸ばすかによって、経営資源として生産性を高めるか否かが決まる。

b.  これはマネジャー自身にも当てはまる。

  要求水準を高く持つ

a.  最近は、愛情を注いてうまく接するのがマネジャー要件と説かれているが、不十分。

b.  人好きのする人物より、部下にも自分にも仕事への厳しさを要求する要求水準の高い人こそ、よく人材を育て、多くの尊敬を集める。

  マネジャーに必要な資質もある。それは天賦の才能ではなく、人格である。

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2012年2月13日 (月)

ドラッカー「マネジメント」サブノート、第30章(全61章)

30.マネジャーの本質とはなにか

(1)   マネジャーは「他の人々の仕事に責任を持つ」従来の定義はもはや通用しない

  マネジメントの創世記には「ほかの人々の仕事に責任を持つのがマネジャーだ」と定義されたが、これはマネジャーの役割を「所有者(オーナー)」の役割と区別するには役立ったが、現在はこれだけでは満足できない。

  従来の定義は、職務そのものではなく職務をこなすためのツールの焦点を当てている。マネジャーがその役割を担って貢献するのは、部下から報告を受ける必要があるが、その役割や貢献は部下の有無や人数によって違いが生じるわけではない。

  例えば、「市場調査」を任された人物は、従来の定義では、「市場調査担当者たちのマネジャー」と表現されるが、「市場調査のマネジャー」との表現の方が適切だと言える。

(2)   マネジャーの新たな定義

  プロフェッショナルの定義が新たに用意された

a.  1950年代の初めに、従来のマネジャーの定義に新しく「単独で仕事をするプロフェッショナル」という定義を加え、マネジャーとプロフェッショナルという二つのキャリアパスを用意しようという意見が定期された。

b.  しかし、依然として部下の仕事に責任を持つ人の方が、単独で仕事をする人より地位が高いとみられる。

c.   ここで、仕事そのものに着目してみると、部下たちの仕事に責任を負うというこれまでの定義は、マネジャーの主たる特徴ではなく、従たる特徴に過ぎないことが分かる。

  マネジャーは、下記のような仕事を行うが、これらはプロフェッショナルの仕事でもある。
マネジャーはこれらに加え、下方向(部下の仕事との整合)も考えるものである。

a.  次章で述べるように、プランニング、段取り、全体のとりまとめ、成果測定等を行う。

b.  自分の仕事と所属部門の仕事を調和させ、横方向の足並みをそろえる。

部下を指揮しているかどうかはメナジメント責任を負うことの第一のモノサシではなく、貢献への責任が第一のモノサシであり、権限よりも役割こそが判断基準、組織原則とされるべきである。

  上記の定義に照らせば、以下は、マネジャーではない。

a.  向上やオフィスの最前線の職長や監督者

通常、自分の貢献や結果に大きな責任を負うことを期待させず、

・  むしろ、誰か別の人が決めた目標を達成するよう期待されている。

b.  ドイツの親方(マイスター)

・  高い技能を持ち、技能集団の中でリーダーとして地位を勝ち取ったが、

・  自身をマネジャーではなく、職人とみなしている。

(3)   プロフェッショナル

  プロフェッショナルは、マネジャーを必要とする。

a.  プロフェッショナルは、専門分野の知識や専門性と、組織全体の業績や結果との関係を調和させるため、コミュニケーションを必要とする。

b.  マネジャーは、そのコミュニケーションを担う。

  プロフェッショナルは、ある意味でマネジャーよりも優位にいる。

a.  プロフェッショナルが良い仕事をするため、マネジャーを必要とするが、マネジャーは上司ではなく、むしろ水先案内ん人やスポークスマンである。

b.  本物のプロフェッショナルはある意味、マネジャーより優位にいて、指南役、啓発者としての役割を果たすべきだ。新たな事業機会や新たなより高い基準を示す務めがある。

(4)   プロフェッショナルの肩書、役割、報酬

  階級と役割を分ける

a.  階級を、①ジュニア・エグゼクティブ、②エグゼクティブ、③シニア・エグゼクティブ、④コーポレート・エグゼクティブの4つに絞り、マネジャーとそれ以外に共通の階級体系を取り入れる。

b.  それに役割を付して、例えば、「熱処理担当のシニア・エグゼクティブ」、「コスト管理担当のマネジャー」などと階級と役割を独立させる。

c.   この方が、マネジャーとプロフェッショナルの二本立てよりもうまく機能する。

  真のプロフェッショナル(専門分野)には、芸能やスポーツ等の分野における第1人者に適用されるルールがふさわしい。

  マネジャーはより多面的な責任や成果が求められる1点を除いては、プロゲッショナルと変わらない。両者はともにマネジメント層を形成するマネジャーなのである。

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2012年2月 6日 (月)

Facebook(フェイスブック)、偽善者ザッカーバーグ氏の報酬1ドル申し出

Facebook(フェイスブック)が上場するニュースに続いて、フェイスブックの最高経営責任者である、マーク・ザッカーバーグ氏が自分の報酬を1ドルとするよう申し出たとの報道がありました。

なんでわざわざ1ドルにする必要があるのか、そしてそれをわざわざ報道する必要があるのか分かりません。「自分には欲がないから、1ドルしか要求しない。自分のことより会社のことを大切に思っているし、自分の分け前はそこに働く従業員に分けてやって欲しい。」という意味なのでしょうか。

[寄付は多額報酬の贖罪?]

  • 昔、クォンタム・ファンドを立ち上げた、ヘッジファンド・マネジャーのジョージ・ソロス氏は、ファンドで巨額の利益を得たが、その一方で利益の多くを出身地ハンガリーなどへ寄付していたという事を指して、「ジョージ・ソロス氏が多額の寄付をするのは、資金力にものを言わせる投機行為でたんまり儲かったことへの贖罪である。」と評した記事をどこかで読んだことがあります。貧乏人のひがみだけではないようです。

[桁はずれの報酬は自由の証?]

  • アメリカでは、成功者は桁はずれの報酬を手にすることができるが、それを貧乏人が「不公正だ」と言って批難することはない。なぜなら、いつか自分もそうなるチャンスがあると信じているからだ、ということを聞いた事があります。家柄とか身分とかという目に見えない障壁があって、努力しても報われない硬直した社会と違って、アメリカは、頑張れば報われるという自由があるということなのでしょう。もっとも、NYのデモ集会を見ると最近はそうでもなさそう。

[寄付は施し]

  • 勝者は多額の報酬を手にするが、勝者が敗者に寄付することで、社会全体の貧富の差のバランスを保っている・・・というのが、アメリカの社会であるようです。しかし、敗者は施しを受けても幸せにはなれないとも言えます。山田昌宏氏は、「希望格差社会」で、施しを受けて、その施しによって経済的に豊かな生活を得ても、決して幸せには感じない。乞食のように施しを受けることでかえって敗北感が増し、希望が持てなくなって決定的な格差を感じるものだとおっしゃっています。

[アメリカの税率、給与は1ドルがお得]

  • Facebookのザッカーバーグ氏は他のアメリカ人がやっているように多額の寄付をするようになるのでしょうか。それとも、自分の報酬は1ドルだからその時点で既に会社や社会に寄付していると言いたいのでしょうか。ちょっと調べてみました。

  • 米国では、所得税は累進課税になっていて、独身者の所得税率は、$8,375以下は10%ですが、$373,650を超えると35%です。去年148万の報酬をもらっているザッカーバーグ氏の場合は当然35%です。

  • 一方、受取配当金にかかる税率は、15%の分離課税です。

  • ということは、彼が仮に100万ドルの報酬をもらう場合、それが給与所得なら35万ドルの税金を払わなければならないが、配当金でもらえば10万ドルで済むということになるわけです。だったら、ザッカーバーグ氏でなくても、「俺は、給与は要らない。その分を配当金でくれ。」と言いたくなるでしょうね。「1ドル申し出」は偽善に見えてしょうがないのです。これも貧乏人のひがみですね。でも、彼の大学生活のエピソードもそういうイメージ形成に寄与しています。(ところで、iPhoneのスティーブ・ジョブズ氏も自分の報酬を1ドルとしていたそうですが、彼の場合は偽善者の匂いがあまりしない。人柄でしょうか。)

[ザッカーバーグ氏のエピソード]

  1. Wikipediaから引用 :ハーバード大学の学生だったマーク・ザッカーバーグはハッキング し得た女子学生の身分証明写真をインターネット上に公開し、公開した女子学生の顔を比べて勝ち抜き投票させる「フェイスマッシュ」というゲームを考案した。これは大学内で問題になり、ザッカーバーグはハーバード大学の半年間の保護観察処分を受けるに至った。
  2. 2010年アメリカ映画『ソーシャル・ネットワーク』(原題: The Social Network~マーク・ザッカーバーグらを描いたドラマ映画)より :学生時代ザッカーバークは、ハーバード学生ウィンクルボス兄弟からコミュニティ・サイト立上げの相談を受けたが、逆にそのアイディアを盗用して勝手にFacebookを立ち上げた。

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2012年2月 5日 (日)

ドラッカー「マネジメント」サブノート、第29章(全61章)

29.なぜマネジャーが必要なのか

       

(1)   マネジャーやマネジメントを否定して失敗した事例

  フォード・モーター

・ フォード1世は、マネジャーを上司の命を受けて動く手足のような存在とみなして、務めや役割に根ざしたマネジャーやマネジメントの存在を否定した。

・ その結果、1927年、業界3位に転落し、その後20年にわたって毎年赤字となった。

  ジーメンス

・ ヴェルナー・ジーメンスは、人材への責任感が強かったが、マネジャーを雇うことなく、助手や補佐役だけを置いた結果、1870年代末以降、コントロールが利かなくなり、マネジメント不在に陥った。

  三菱財閥

・ 岩崎弥太郎は、はじめ家族を基盤としたコミュニティ集団で仕事を行っていたが、家制度を決別し、創業者が1人で全ての権限と責任を担うべきだと考え、他は皆命令を実行するだけの補佐役とした。

・  その結果、成長が鈍って変調をきたし、衰退のきざしが見えだした。

 

(2)   一方、GMは

  傘下の各社のオーナー達に、自律性を認めた。

  はじめは、無規律な「封建領主」のようであったが、事業と組織がどうあるべきかを考え抜き、彼らを経営チームへまとめあげた。

  その結果、5年後には米自動車市場で首位に立った。

 

(3)   かつてのフォードの教訓を生かし、マネジャーの必要性を発見する

  経営層は、オーナーの命を受けてその仕事を代行するのではない。また、マネジャーは仕事が多すぎて1人でこなしきれないとの理由だけで、必要とされるのではない。

  小さな事業が成長すると、大規模化すると同時に量が質へと転化する。つまり「自分の事業」を動かす状態から、「企業体」の経営へ移行し、従来とは異なる組織と原則が必要になる。その時、経営者とマネジメントが欠かせなくなるのだ。

  法律的には、マネジメントは依然、所有者からの委任にもとづくとされるが、少なくとも大企業においては、マネジメントが所有権に優先し、より上位に位置づけられる見解が広がってきている。

 

(4)   「相変化」としてのマネジメント

  オーナー企業が補佐役に助けられながら経営する段階から、マネジメントを必要とする段階への変化する様子は物理学の「相変化」に喩えられる。ある状態化や基本構造から別の状態や基本構造への変化である。

  相変化するのは、従業員数でいえば、300~1000人の間。複雑さの増大でいえば、多彩な仕事をうまくコミュニケーションを図りながら、歩調を合わせてこなすために経営者とマネジメントが必要となる段階である。

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外国為替相場推移と今後の為替動向判断材料(2012年1月末現在)

【米ドル】

1月は、下旬に78円台まで買われた後は、76円台前半まで売られて終わりました。

上旬、中旬は12月同様、欧州情勢の材料が時にはリスク回避として円買いやドル買いに、時にはリスク選好地合いとなって円売り又はドル売りに向かうという動きでした。リスク回避先として円が選好される場面と米ドルが選好される場面が市場の持ち高状況の変化とともに気まぐれに変わったのです。しかし値幅はおとなしいものでした。

下旬には、日本の貿易収支が31年ぶりに赤字に転落したニュースに78円28銭まで円が売られました。これまでにユーロの売り持ち高が過去最高までに積み上がっていたけど、ユーロ各国の国債入札が比較的堅調であることから、この持ち高を少し解消してユーロを対円で買い戻す動きも重なりました。

しかし、貿易赤字はもう何ヵ月も前から分っていたこと。発表を材料に市場が久々の円アゲンスト情報に仕掛けただけということだったのではないでしょうか。ピークを付けた後は、みるみる元の水準に戻り、月末には逆に、米金融当局FRBがゼロ金利政策を2014年末まで延長すると決めたことなどから、76円丁度水準までドル売られて、ほぼこの水準のまま月末を越しました。

【ユーロ】

1月は、前半安値、後半は戻す展開でした。

前半では、2010年8月以来の1.2624まで下落しました。その要因としては、①仏をはじめとするユーロ各国の格付けの引き下げ、②ギリシャ第二次支援に向けた民間部門との債務減免交渉中断(その後再開)、③EUがイランからの原油輸入禁止を決めたことなどが揚げられます。

ただこの段階では、市場のユーロ売り持ち高は過去最高に達していました。後半では、いくつかのプラス要因を受けて、こうした売り持ち高を巻き戻す動きが見られ、当月の高値圏で月末を超えています。プラス要因としては、①ユーロ各国の国債入札が比較的堅調だったこと、②ギリシャ債務再編交渉が再開し、成果への期待感が出たこと、③米国がゼロ金利政策を2014年終盤まで延長すると発表したことなどです。

【今後の短期~長期予想】

短期では、この春に順次欧州各国で行われる国債入札状況や、ギリシャの民間との債務削減交渉の行方が主な材料となります。当然ユーロ圏財政経済不安を助長させる場面では、リスク回避のためユーロが売られますが、問題はその買い相手通貨で、それが円になるか米ドルになるかはなかなか読めません。その判断を支援するものとして、雇用統計等いつもの米国主要経済指標には注意しておくべきでしょう。ただ、過去最高に達していた市場のユーロ売り持ちの積み上がりは先月下旬に小さな材料を頼りに巻き戻し(ユーロ買い戻し)の機会をうがかうようになっており、市場の投機的なユーロ売り余力は限定的とみられることから、短期的には大きな相場変動はないものと思います。

中期見通しにおいても、ユーロ圏の国債入札状況と流動性逼迫状況には注意しておくべきですが、他に昨年からときどき焦点があたっている、米国の量的追加金融緩和策(QE3)が先月の、FOMC発表時にも再び話題になり、当面はユーロが売られても米ドルは上値が重たい状況が続くでしょうから、短期・中期では、ドル円は76~78円、ユーロ/ドルは1.25~1.32程度で足元とさほど変わらないのではないでしょうか。

長期では、日本の貿易赤字・経常収支の状況が一番の懸念材料です。米ドル・ユーロの量通貨の長期材料も売り材料ばかり揃っている中での円の売り材料なので、「全部売りだから変動しない。」と結論づけるには、貿易収支・経常収支の問題は大きすぎる。貿易収支はともかく、経常収支は黒字の間は今後も円が買われ続け、赤字転落後は一転売られるというシナリオですが、問題はその時期です。

ある人によれば、それは2015年だと言い、また別の人によればそれは当面やってこないと言い、その時期を見極めるのは簡単ではありません。2015年なら、ドル円は75円を切り、60円台も覚悟が必要で、赤字転落によってそれが80~90円に戻す。という具合でしょうか。水準はともかく、赤転まで円高、赤転後は一気に円安というシナリオの中で経営戦略を練っておくべきでしょう。

【短期的な材料(1ヶ月前後)】

1.   欧州各国の国債入札状況でユーロ不安の進行・後退を占う円買いパターンか、ドル買いパターンか。緊急時誘導性不足と絡むと円安パターン。

2.   ギリシャ債務の民間との削減交渉の行方(難航しており、このままでは第二次支援難しい)。

3.   米ファンダメンタルズ・景気動向(経済指標)良好ならリスク回避策後退し、ユーロ買い戻し、円のつれ安。

4.   欧州財政・金融システム不安から派生する当面の流動性確保の動き(米ドル買い)

5.   主要6中銀のドル資金供給協調策(~2012/1金融システム不安による緊急時流動性確保需要を緩和し、当面のドル堅調材料減退。

【中期的な材料(数ヶ月)】

1.   本年第1四半期に、PIIGS諸国の国債大型償還あり、欧州資金繰り問題から緊急時流動性不安になるとドル高円安。

2.   過去最高水準に達している、市場のユーロ売り持ちの巻き戻しの可能性。

3.   主要6中銀のドル資金供給協調策(~2012/1金融システム不安による緊急時流動性確保需要を緩和し、当面のドル堅調材料減退。

4.   2011/10月後半から、複数高官の発言が合いついている、米国の追加量的緩和策(QE3)の実現可能性ドル売り材料。

5.   日本:円高対策パッケージ(日本企業の海外投資支援の為JBIC通して$資金融通(残額を円投させる)、主要銀行に持ち高日次報告義務付け)

【長期的な材料(数年)】

1.   日本:復興需要と製造業の海外移転で輸出競争力低下⇒貿易収支悪化⇒経常収支悪化

2.   米国:2013年半ばまでとしていた超低金利(ゼロ金利)政策を、2014年末まで継続すると決めた。

3.   円高対策パッケージに含まれる、日本企業による海外投資支援策(ドル建て支援だが長期的にはじわり効果)。

4.   円高利用の対外投資は、将来の対外債権を増やし、経常収支維持に貢献する⇒長期には円安遠のく。

5.   欧州連合の安定運営に向け、制度変更を伴う議論が開始されない限り、ユーロの下押し圧力が継続する。

6.   米国:米国債務上限引上げ法案可決と引き換えに、財政赤字削減2兆ドル以上は今後2年間にGDP0.20.5%押し下げる影響

7.   米国金融危機に続いた欧州金融・財政不安が、世界的なデフレに発展すると、円実質金利が相対的に低下し、円売り材料となる。

8.   日本:貯蓄率低下・国債残高膨張による国債消化力低下⇒財政破綻

9.   TPP参加に向けた協議開始。貿易収支悪化懸念を緩和し、長期には円売り材料が多少後退する。

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