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2012年3月

2012年3月29日 (木)

かみ合わない、参議院予算員会。答えているのに、「答えになっていない!」

先週の金曜日(2012年3月23日)、事情があって会社に行けませんでした。別に蟄居謹慎を食らったわけではありませんが、暇を持て余していたので、普段は・・・、特にサラリーマンにはほとんど見る機会のない国会中継をテレビで見てました。
ヤジがひどいのは、昔からなので話題になりませんが、政治家とはこんな人達なのかと思ってしまった場面がありましたので紹介します。それは、民主党議員2人の後に質問に立った、自民党議員と政府とのやりとりでした。

【質疑の内容~背番号制導入】
話題は、背番号制度の導入です。納税や社会保障費徴収、勘定管理、給付などは国民一人一人に番号を付し、銀行の口座番号のように、その番号で管理すると漏れもなく、しっかりした管理ができるということで、その導入が検討されています。しかし、その番号を書いたカードの交付は、本人が希望する場合だけで、希望しない場合は交付されないんだそうです。
自民党議員の質問はそこのところを指摘したものでした。つまり、全員にカードを交付しないというルールでは、背番号制度そのものの実施が徹底されないのではないか、ということを問いただしたものです。

【その答弁は的を射ていた。】
それに対して、安住財務大臣や古川特命担当大臣の答弁は、「銀行で口座を開設する場合でも、番号は採るが希望しない場合は通帳を交付しない。それでも、管理は口座番号によってキチンと管理されている。本件もそれと同じで、カードを交付しなくてもしっかりした管理は可能である。カード交付と管理精度は別の問題だ。」という趣旨のものでした。
見ていた私は、なんてつまらない質問をするのだろうと思いつつも、答弁については「う~ん、きちんと的を射た答弁であるなあ。」と関心していました。

【なのに、質問者は「答えになっていない」と】
ところが、質問者であるその自民党議員は、その答弁が終わるや否や、勢いよく立ちあがって、答弁者を指差し、ものすごい剣幕で「それでは、答えになっていない!」と怒鳴りつけたのです。で、同じ質問を繰り返し、ちゃんと答弁するように要求しました。安住大臣や古川大臣はまた答弁に立ちましたが、内容は先の答弁と同じにならざるをえません。
当然です。だって、ちゃんと質問に答えていて、それが的確な答えになっているのですから。すると、自民党議員氏は、またすぐさま立ちあがってまた、「それでは答えになっていない!」と。彼の前の質問者がたんたんとこなして、質疑応答がスムーズに運んでいたので、それと対照的なこのやりとりに委員会は騒然となり、各会派の代表らしき何人かが議長の前に集まってきました。

【派手なパフォーマンスで存在誇示したがる性質】
この状況を国民はどのようにみるでしょうか。
「お、おもしろくなってきたぞ。もっとやれやれ。」とけしかけるでしょうか。
「自民党議員氏は、国民に代わってしっかりと政府をたたいている。よしよし。」と思うのでしょうか。
そんな風に思う人もいるかもしれませんが、私は思えません。ボクシングやプロレスじゃあるまいし・・・・・。むしろ、この場面を見て、政治家の悲しい性を垣間見たような気がしました。
議論は、論点を明確にし、それがずれないようにしながら、対話をかみ合わせることが前提にあるはずです。この点、先の安住大臣も古川大臣も相手の質問の趣旨をよく理解し、それに的確に答えることで、かみ合った対話をしていたと思います。
しかし、それに対して、自民党議員氏はかみ合っている対話を、敢えてぶち壊し、派手なパフォーマンスを見せて、自分のプレゼンス(或いは存在感)を高めることだけにやっきになっている。そこが政治家の悲しい性かな・・・と。

【活躍している様子を国民にアッピールするなら】

100歩譲って、政治家なら自分が活躍している様子を選挙民に見せたいのは自然だということにしましょう。でも選挙民は、どんな時に彼が活躍しているな・・・と思うのでしょうか。
それは、さきほどの国民の見方に戻ります。国会議員を評価する基準は・・・・

A.  「お、おもしろくなってきたぞ。やれやれ。」や「国民に代わってしっかりと政府をたたいている。よしよし。」と見るのか、

B.  それとも「しっかりとかみ合った議論を展開して、本当に国の為になる法案づくりに貢献しているな。」と見るのか、

というところですね。

【政治家は選挙民の水準を想像しながら活動している】
自民党議員氏は、東京大学法学部出身だそうです。その辺はよ~く考えたのでしょう。その結果、国民の大半は「A」のタイプで、「B」のタイプはごく少数でしかない。だから、次の選挙で票を得る為には「A」タイプの国民を対象にした行動を取った方が得策であると。

私は、民主党支持者ではありません。プレゼンスの高さを活かした人気投票で当選してきた、頭数稼ぎの議員が多すぎるからです。しかし、この手のプレゼンスがやっぱりこの国を動かしていると思うと、自民党に対してもやりきれない気持ちになります。

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2012年3月26日 (月)

ドラッカー「マネジメント」サブノート、第36章(全61章)

36.成果への意欲

(1)   組織と成果

  組織の目的は平凡な人材から非凡な成果を引き出すことである。

a.  組織は天才を頼るわけにはいかない。(いつも天才を確保できるとは限らないから)

b.  人間組織において成果への意欲を発揮するとは、全体として各人の努力の総和よりも大きな成果をあげるという意味である。

  成果をあげるための士気の高さは、以下のような行動の原理に裏打ちされていなくてはいけない。

a.  組織は成果を重んじなくてはいけない。ただし、毎回必ず成功するという意味ではなく、平均打率として捉えるべきだ。

b.  組織は問題点よりも機会に注意をむけなくてはいけない。

c.   人材配置や報酬、昇進、降格、退職金などは組織の理念や信条を反映したものでなくてはいけない。

d.  人材をめぐる判断(人材登用)に際しては、誠実さを何よりも優先すべきだ。

(2)   「ほどほどでよい」という発想の危険性 :高い成果を求めなければならない。そのためには;

  百発百中を目指す成果ではなく、長い期間にわたって様々な課題をこなす、安定した能力を目指す。

  決して失敗せず、つまずくことのない人材は疑うべきだ。成果を欺いているか、無難で大したことのない仕事しかしていないかのどちらかに違いない。

  常にほどほどの成果しかあげられない人材は、早めに今の職から外すべき。

  組織の全員を、成果をあげないマネジャーに突き合わせるわけにはいかない。

(3)   「分別ある判断」

  会社に長く勤務し、忠誠心を尽くしてきたが、もはや貢献する能力を内なってしまった人材は、分別ある判断をもって、その職から解く必要がある。
例 :草創期から何十年も経理業務を続け、会社とともに成長し、いつの間にか大企業の経理部長となっていた。小規模企業の経理部長としては十分だから大企業の経理部長としては力不足である。

  ただし、人に関する判断であるので、慎重に深い思いやりをもって対処すべきだ。
例 :レンリー・フォードⅡは、刷新した組織には刷新前の幹部を付けなかったが、代わりに社内の専門職のポストを用意した。

(4)   機会を重視する~問題点より機会を重視

  問題点への対応は大切だが、そればかりでは守りの組織となってしまう。

  事業機会に組織のエネルギーが向かっていれば達成感が得られるだろう。

(5)   人材をめぐる判断:組織のコントロール

  人材配置、給与、昇進などの人材をめぐる判断は組織をコントロールする手立てである。人材をめぐる判断が、経営層が何を望み、何に価値を置いて報償の対象にしているか、その事実を組織のメンバーに伝える役割を果たす。

  とりわけ、ミドル・マネジメントの最上位(工場長、市場調査部門長、研究所の責任者など)の昇進についての判断は重要だ。
若手マネジャーなど組織の下の方にいる人々は、経営トップではなく、これらミドル・マネジメント最上位層を大切にするからだ。

(6)   高潔さという試金石

  マネジメント層が自分達の誠実さや真剣さを証明するには、人間としての高潔さに依存する。次のような人は高潔さを欠くと言える。

a.  人材の強みではなく弱みばかりに着目するような人物。

b.  「何が正しいか」より、「誰が正しいか」に大きな関心を持つ人物。

c.   高潔さより知性を重んじる人物。

  この章ではあえて「リーダーシップ」について触れていないが、それは強いリーダーシップを持つ人物はいつも確保できるとは限らないからだ。これに対して、上記に述べてきた慣行を実践すれば、必ず確保できる。

a.  適切な慣行は、適切なリーダーシップを生み出す土壌となる。

b.  リーダーシップは、人々を磁石のように惹き付ける力ではない。かかる人物は扇動家と紙一重だ。

c.   リーダーシップは仲間作りに長け、人々に強い影響力を及ぼすものでもない。これは「へつらい」や「機嫌とり」と変わらない

d.  リーダーシップは人々の視野を広げ、成果を引上げ、人間力を飛躍的に高めることを意味する。

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2012年3月19日 (月)

ドラッカー「マネジメント」サブノート、第35章(全61章)

35.ミドル・マネジメントから知識を柱とした組織へ


(1)   ミドル・マネジメントは増加したが、質の変化が求められている

  1950年代、60年代、最も早いペースで増加した人材層はミドル・マネジメントだった。

a.  米国では、製造業において報酬は工場長より少ないが、職長よりは多い人々が増えた。

b.  経済の中心や成長拠点が入れ替わり、新たに中心となった業界では、1950年時点で産業界をリードしていた業界と比べて、従業員全体に占めるミドル・マネジメントの比率が高い。

  これは、数だけの問題ではない。質の面でも変化が求められている。

a.  「仕事とその組織化」というテーマを検討して軌道を修正しないかぎり、数が増えるだけでは、無駄や重複、組織の肥大化が起きる。

b.  大量採用した若手のミドル・マネジメント層(マネジャーやプロフェッショナル)は、報酬や待遇の面では恵まれているが、仕事は不十分で挑戦の機会も少ない。

c.   ただ忙しいだけで、組織に貢献して達成感を得られる機会は滅多にない。自分の仕事をするのではなく、仲間と慌ただしく「やりとり」をする人ばかりが目立つ。

(2)   どのような変化が求められているか⇒知識の提供が主な役割

  成長分野

a.  ミドル・マネジメント層で増加率が高いのは、製造プロセス専門家、税務会計やマーケット分析プロなど、1世代前には知られていなかった職能分野である。

b.  新・旧ミドル・マネジメントの違いは、

旧 :指揮命令を主な役割とした定型的な仕事で、自分で判断を下すのではなく、決まった中身を実行に移す役であった。

新 :知識の提供を主な仕事とし、横方向と上方向の人々に責任を負う。

  新世代ミドル・マネジャーは知識プロフェッショナルであり、彼らの行動や判断は、業績や事業の方向性に直接的な影響を及ぼす。

(3)   具体的に、どのような内容か

  知識を柱とした組織

a.  旧来型のミドル・マネジメント層は、知識を柱とした組織へ変革されつつある。

b.  この変化を推進するためには、個々の職務の中身を改めるだけでなく、組織とそのつくりを再構築する必要がある。

全階層の職務の焦点を、社の目標に合わせる。

仕事の割り振りに応じた、職務の体系化をする。

意思決定は、上意下達ではなく、多次元のものとして捉える。

  知識を柱とした組織では、意思決定の権限を明確にする必要がある。

a.  知識を柱とした組織は、より大きなリスクを取れるように設計されている。

事業オペレーションは、もはや定型的な仕事ではない。

大きなリスクに対処するために、随所に判断を改める箇所があり、判断者に権限を与えておかない限り、機能不全は避けられない。

b.  そのため、あらゆる施策・計画に関し、ミドル・マネジメント層に権限を移し、「軌道修正の権限は誰にあるのか」を明確にしておく必要がある。

c.   仮に、権限を持たない部分があるなら、その指揮命令権が誰にあるかを明確にしておかなくてはいけない。

(4)   知識組織における経営トップの役割

  知識組織においては;

a.  経営トップは、中間管理者が自分たち自身で判断を下すことを認め、

b.  組織の側は、経営トップの判断を理解し、経営トップを啓蒙する責任を負うべきだ。

  経営トップは、知識組織について理解を深め、組織内の知識労働者を重視し、コミュニケーションを図るため、年に何回か会合を持ち、

a.  彼らの生産性を最大限引き出すためにトップに望むことは何かに聴き、

b.  経営に情報提供し、啓発することを自分達の責任と捉えるよう理解させるべきだ。

  また、知識の動員、体系化、配置、方向付けなどを行わなければならない。

要するに、マネジメントとは、腕力の代わりに思考力を、社会の慣わしや迷信の代わりに知識を活かすことを意味する。

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2012年3月18日 (日)

東日本大震災の「がれき」は、廃棄物かそれとも資源か。

東日本大震災で出た大量の「がれき」の処理を巡って、多くの議論があります。福島県のがれきは放射能汚染の問題もあって、難しそうです。確かにそうかんたんではないなとも思います。でもよくわからないのは、岩手県や青森県のがれき処理にも協力を惜しむ市町村があることです。

【助け合いの精神がなによりも大切】
地震直後、暴動も起こらず地域で助け合っている日本人の姿に世界が感動しましたが、ここへきて、やはり自分に害が及ぶ助け合いになると渋る姿は世界共通かな・・・と。
先日、3月11日に町内会館で会合があり、区の「防災ネットワーク会議」理事長のお話をみんなで聴きました。そのとき、彼は、みんなが「我らが町内は高台にあるので、津波の心配はないよね。」と口ぐちに言っているのを諭してこう言いました。
「防災は助け合いの精神がなによりも大切だ。高台にあるから心配ないというのは、それを理解していない。高台にあるのであれば、津波で逃れて来る人々をどのように迎えるか、どうやって助けるかを日頃から考えておくべきだ。」
一同、納得。

【がれきはそんなに汚い物には見えない】
がれきの受け入れを正式に表明した、静岡県島田市の皆さんはえらいと思います。東京都は、石原知事の鶴の一声が気持ちよかった。神奈川県は黒岩知事が一生懸命住民を説得していますが、なかなか理解が得られません。「がれき」ってそんなに大変なものなのかと、思ってしまいます。がれきへのイメージはどんどん悪くなり、素手で触るとその先から病気がうつりそうな、何かとんでもない物という感じです。
でも、そんな風に思いながら、テレビに映される「がれき」を見ると、持ってしまったイメージがあまりにも悪くなっていたせいもあって、意外とキレイに見えます。昔東京湾に埋め立てられて出来た「夢の島」のゴミなんかとは違って、材木の切れ端や、家具の木端、コンクリートのかたまりや、流木など、目をそむけなければならないほどの物ではありません。

【がれきは貴重な資源になるという考え方】
確かに、家具の木端など、それを材料にしてもう一度家具を作るなどということは不可能でしょう。でも、これらは、廃棄物ではないのではないか。ひょっとしたら資源なのではないかと。もちろん燃やして熱エネルギーを取り出す資源と言えばそれも資源で、三菱マテリアルなどは工場で引き取って燃料として活用しているケースもあります。それもえらいと思います。でももっと他にありませんか?

【昔、横浜市はがれきで山下公園をつくった】
例えば、横浜市は、関東大震災で出た大量の「がれき」を埋め立てて、「山下公園」を作りましたね。横浜市にとっては最大の観光資源のひとつとなったわけです。先日、大正12年4月の古地図を見つけました。山下公園はなく、海岸通りの向こうがすぐ海になっていました。当たり前です。関東大震災はその年の9月でしたから。ま、古地図のことはともかく、当時横浜市もいろいろと知恵を絞ったにちがいありません。
埋め立てて使うというなら、今回の地震で地盤が沈下している個所も随分と多いと聞いていますし、まったく高台がなく、平野が奥まで広がっていて、次に津波が来ても、やっぱり逃げ場に困るというような地域には、それを盛って、避難用の高台にしてもいいのではないでしょうか。

【宮脇先生の「森の長城」提案】
ただ、これらは全くの素人の浅はかな思いつきで、現実には無理だということかもしれません。そんなとき、専門家が考えた、「がれき」の地元での活用提案に触れました。
横浜国立大学の宮脇昭先生の「森の長城」提案です。その内容は、地震プレートに沿って、「がれき」を防潮堤のように盛り、そこに地元では昔から自然に生えていた「ぶな」などの広葉樹を植えるというものです。
松や杉などを他の地域から持ってきて植林しても、それらは根を浅くしかはらないので、津波に流されてしまう。実際、「奇跡の一本松」で有名な岩手県陸前高田市の松林は一本だけ残して全部流されてしまいました。
それに比べて、広葉樹は根を地中深く刺し、しっかりと地面を掴んでいるので、そう簡単には押し流されないそうです。しかも昔から地元にあった、種類で、環境保全にもなる。津波エネルギーを波砕して弱めるとともに、水位も低下させ、引き波では海に流される人をそこで食い止める効果があるとのこと。
さらに「がれき」を使うメリットとして、ところどころに隙間ができるから、植林しても根が伸びやすく、成長も早いということです。

【結論】
いよいよ、「がれき」が貴重な資源に見えてきました。いろんな人から知恵をもらってはいかがでしょうか。

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2012年3月14日 (水)

日銀の成長支援融資の背景。銀行融資活性化の為、中小企業診断士活用の提案。

日銀が、成長支援のための融資枠を拡大するとの報道がありました。これについて、思うところがあります。

【日銀の成長支援融資とは】
この成長分野を支援するための融資枠は、昔からあったわけではなく、2010年に初めて3兆円の枠で開始されました。日銀が「これは成長しそうだな。」と思う、医療や先端技術など選んで、その分野へ市中銀行を通じて低利で貸し付けるよう資金的なバックアップを行うというものです。
当初3兆円の枠でスタートし、昨年にはさらに5千億円が上乗せされました。それだけ活発に活用されているということでもあります。そして今般さらに2兆円を上乗せするのだそうです。

【その問題点】
ちょっと見には、とても前向きで良い政策に見えますが、問題点もあります。それは当初から言われ、今回の報道でも日経新聞などは批判している点でもありますが、成長分野を選択して支援するのは、中立な金融政策を担う日銀の役割を超えているとういものです。この問題点は派生的に次の疑問を投げかけることにもなります。

A  ひとつは、成長分野云々まで口を出すほど景気浮揚策に興味と関心があるなら、もっと財務相や経済産業省と協力し合って、その政策を一本化すべきではないかとういことです。成長政策を巡って一国に2人の船頭が居るのはまずいと思います。成長しそうだなと思う分野は今回はそんなに両者かけ離れてはいないと思いますが、これが常態化すると、将来は必ずく違いが出てきて収拾つかなくなりそう。迷惑するのは国民です。
平成9年に日銀法が改正されて、日銀の独立性がより強固になりました。景気刺激に走りたい政府の圧力に屈することなく、中立な立場で通貨と金利を守る為です。強固な独立性を獲得した日銀が政府の分野でも発言力を持つようになったのでは、なんの為の日銀法改正だったのかということになりませんか。通貨と金利の番人たる中立な金融政策のために強化したのに、今度はそれを乱用して、領空侵犯しているように私は見えます。それはちょっとずるい。

B  2つめの疑問は、実はこっちの方がより重大だと思うのですが、市中銀行は一体なにをしているのかということです。
お金を貸すのは市中銀行の仕事で、市中銀行がもっとしっかりしていれば、なにも日銀の支援がなくても、きちんと成長分野と成長企業を見極めて資金を貸せるはずです。逆に、いくら日銀が低利で資金提供しても、最終的にリスクをとる市中銀行がいやがっていては、資金は流れていきません。
今回増額する成長支援融資はよく活用されているから増額が必要であるとのことですが、このようにして注入されたお金は、期末になると増える道路工事と同じで、遮二無二押し込まれたものになりがちです。そんなお金が企業の為に活きるとはとても思えません。

【市中銀行が頼りなくなくなった原因】
上のBの疑問について深堀してみましょう。
何故市中銀行は頼りなくなってしまったのでしょうか。主な原因は2つ考えられます。

1.  ひとつは、成長分野や成長企業を見極める力がなくなってしまった(或いは昔からなかった)

2.  もうひとつは、金融危機を経て、羹に懲りた。だから、リスクをとらなくなって、国債でしか運用しなくなった。

2つ目の原因は、一つ目の原因を取り除くことで、成長企業を、自信をもって見極めることができればリスクも取る気になるというふうに考えると、これも「見極め能力欠如」が原因と言えるかもしれません。

【銀行の見極め能力とは】
そこで見極め能力とはなんぞやということになります。私は、財務分析による返済能力の審査だけが見極め能力だとは思いません。
銀行の融資係りはすぐ「3期分の決算書を持ってきてください。」と言いますが、決算書で分かることはごく僅かです。教科書に書いてある財務分析の方法では、やれ安定性だとか、やれ収益性だとかと説明されますが、それは「その企業が、将来の返済能力を今持っているか、或いはそれを将来にわたって損なわないほど十分な体力があるか。」という点に集約されます。成長性は判断つきません。ちょっとまて、「財務分析には成長性という項目もあるよ。」という人もいるかもしれません。でも財務分析では前期、前々期と比較して収益等が右肩上がりになっているかどうかでそれを判断する、ごく単純なものです。だから3期分よこせと言うのです。

【見極めは将来の話をしなければならない】
だから、財務分析では、今から始める施策をすればこうなるというところのものを判断することはできないのです。何故なら財務指標は過去の話だからです。成長企業見極めには、「今から始める施策をすればこうなる。」というものを評価する必要があります。そして、実際に成長し、借りたお金が返ってくるようにするためには、評価された施策を確実に実行しなければなりません。つまり、見極めには、財務分析の他に、

  成長施策の考案と評価、

  その施策への資金の活かし方の吟味、

  施策の確実な実行管理

が必要なのです。しかし、これを全部銀行の審査や融資係りに押し付けようとしても、銀行が可哀想です。
特に中小企業に対しては、資金需要の規模が小さいため、融資の利鞘だけでは丁寧に「見極める」コストに見合わないからです。そのため、今はどの銀行も小口融資に当たっては、「スコアリング審査」という機械的つけた評点で合否を判定する仕組みが使われているのです。
また、かりに①と②はその場で見極めることができても、③は融資実行後の施策の実施状況を適切に管理することは、その企業に出向するなどして常駐しない限り不可能です。

【中小企業診断士を活用してはいかか?】
そこで、提案です。

上記の①から③までを中小企業診断に任せるのです。中小企業診断士は「診断士」とありますので、企業の健康診断をして終わりかと誤解を受けがちですが、実は、そうではなく、中小企業のこれからを見据え、経営者とともに一緒になってその成長施策を考えて、施策実施をフォローする経営の戦略的パートナーとしての役割を担っています。
国家試験に合格して登録される資格で、その知見は、税務、経済、法律、経営学、マーケティング、ITシステム、生産管理・・・と実に多岐にわたり、あらゆる相談に対応できます。また、他の専門家と違って、将来を語ることができるのは中小企業診断士だけです。
具体的な、見極めの任せ方はいろいろ考えられますが、以下の方法はいかがでしょう?

 信用保証協会の保証付き融資は、診断士の見極め判定書の添付を法律で義務付ける。

 銀行と診断士タイアップ融資制度を設け、銀行は、融資資金の使途対象となった施策の実行フォローを診断しに委託する。

他にもいろいろあるかもしれません。

【結論】
今、景気低迷の一番の原因は成長の種となる事業を起こそうとする起業家が居ない事、居ても銀行がお金を貸さない事です。とにかく、せっかく企業成長戦略の分野を担う国家資格を持った人達が居るのだから、どんどん活用すればいいと思います。



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65歳まで働ける、高齢者雇用安定法改正案を通す方法

高齢者雇用安定法の改正が検討されています。年金支給年齢が引き上げられることに伴い、会社を定年退職したけど年金がもらえない期間が発生してしまうことに対する手当として、本人が希望すれば65歳まで雇用継続することを企業に義務付けるという内容です。

【改正案は歓迎されるべき】

ならば、一刻も早く改正してほしいと思うのが労働者でしょう。社会にとっても、破たんしかけている社会保障制度を救い、セーフティネットも準備できるという利点がありますからこれは是非必要だと思います。

【経営者にとっても受け入れられるはず】

しかし、経営者としてはそう簡単には承知できません。雇用を維持するための費用が増えてしまうからです。反対する人達からは、「高齢者の雇用は確保できるかもしれないけど、若年層の雇用を奪うことになっても知らないよ。」という強迫じみたコメントも聞かれます。

でも費用が増えるというのは、考えてみるとおかしな話です。賃金は労働への対価で、労働すれば価値が生まれて、その価値から賃金を差し引いた分が企業の利益になるはずです。だから賃金がまるまる費用負担になるわけではありません。企業だって生産額に応じた適正な賃金を払えば、損する事はなく収益のタネになる。しかも、その労働者は仕事をなにも知らない新入社員ではなく、60歳まで働いた熟練労働者ですから生産性も高いはずです。

【経営者の心配~規制が問題】

じゃあ、経営者が慎重になる理由はなんでしょうか。2つあると思います。

A    ひとつは、企業活動が活発で雇用が必要なうちはいいが、必要なくなったときになかなか解雇できない。

B    もうひとつは、企業活動が活発で儲かっているうちはいいが、儲けが少なくなった時に簡単に賃金をカットできない。

この心配がなくなれば、経営者も今回の改正案を支持するようになるのではないでしょうか。ここから先は、労働者の理解も必要です。何故なら、上記の2つの経営者の心配を取り除くためには、労働者にも心配の一端を引き受けてもらわなければならないからです。

【理由Aについて】

まずAの問題ですが、これは「なかなか解雇できない」状況を解消し、簡単にとまでは言いませんが、合理的に解雇できるようにするということです。合理的と言えば、今でも、法律によって合理的な理由があれば解雇できるようになっていますが、その合理的な理由には以下の4つの条件を満たしていなければなりません。

~解雇条件~

·    人員整理の必要性があること

·    解雇を回避するための努力を尽くしたこと

·    解雇する人員の選定が合理的であること

·   労働者への説明、協議など、手続きを尽くしたこと

一見、たいしたことなさそうに見えますが、ひとたび争議になったときは労働者側に有利なように解釈されるようです。

イタリアは、労働者の権利が法律で十分以上に守られているため、経営者は解雇できなくなる時の事を心配するあまり、雇用を抑えようとするそうです。その結果失業率が高くなり、消費も落ち込んで、ユーロ圏では、ギリシャ、スペイン等に続いて問題を抱えた国のひとつとされてしまうようになりました。

【理由Bについて】

次にBの問題です。最低賃金法というのがあり、地域毎に最低でもこれだけの賃金を払いなさいということが時給単位で決められていますが、それは本当に最低ラインなのでこれをさらに引き下げる必要はないと思います。

ただ、毎年春になると正社員が団結して、経営に賃上げを要求する習慣に表れるような、一律に労働者を弱者と看做す風潮はやめた方がいいのではないかと思います。

中小企業の労働者は、無理な賃上げ要求すると経営者を追いこんで、しまいには自分達自身が職場を失ってしまうと危機感がありますから、その辺は良識の範囲で処理されます。

雇用が守られることと、賃金とを比べれば、雇用が守られることの方が大事ではないでしょうか。正社員は、正社員としの身分を法律で保障されているから、安心して要求するのだと思えて仕方ありません。

【労働側も少し妥協すれば進む】

労働者が、上記の2点について少し妥協し、心配の種を分かち合えば、改正案は通って、定年退職から年金受給までのブランクをなくすることができます。これは労働者にとっても歓迎すべきことです。

労働者は「社会的弱者である」ことをあまり強調し過ぎると、経営者との雇用関係という赤い糸が切れてしまいかねません。また、労働者同士の間でも、ただ毎朝会社に来てだらだら無駄な時間を過ごしているような、いわゆる「正社員」という権利の上に安住する人が居れば、その横で職場を守るために一途に生産に打ち込んでいる人は何と思うでしょう。

怠ける正社員が解雇されれば、正社員になりたいと願う非正規労働者にとっても、そのチャンスが増えるのでいいことだと思います。経営者にとっても、社員が一生懸命働いて価値を生み出せば、賃金への配慮もするようになるのではないでしょうか。

【結論】

今回の高齢者雇用安定法の改正は、関係者がきちんと話し合って、社会インフラの確保、非正規労働者も含めた労働問題の課題、経営からみた労働経済の問題に関する自問を出し合えば、必ず着地点が見つかると思います

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2012年3月12日 (月)

東日本大震災から1年。理想の復興より、まずは身近な復旧を。

東日本大震災から1年たちました。一昨日、昨日とテレビのどのチャンネルを回しても、当時の被害の状況や、今もって立ち直らない被災者の心の傷や、生活を脅かす復旧の遅れなどに関する報道でいっぱいでした。

【復興の遅れに住民はやりきれない思い】

その中で、復旧の遅れに関する報道については、今進めている方法で良いのかどうなのかという疑問を投げかける内容が多かったように思います。その疑問とは、いろんなことが決まらないから、復旧・復興が遅々として進まず、一方で用意した予算が未使用のまま残されているという問題に向けられたものでした。

例えば、復興庁が各省庁にまたがる課題を復興という切り口でたばねることで省庁間の複雑な調整作業を省き、復興対策のスピードを上げるという目的で設置されたけど、各論になると、汚染物質や瓦礫の中間貯蔵施設を巡って行き先が決められず、実行が遅れているとか、高台への引っ越しについても、全員が満足できるルールが決められずに、これもやはり実行が遅れているといったことです。

一方で、映像に映し出された被災者の様子は、全体の方針やルールが決まらないのでとても歯がゆい思いをし、一刻も早く自分の仕事と生活を立ち上げたいのに何もできないという苛立ちとやりきれない気持ちがどの人の表情にも表れ、とても見るに堪えませんでした。

そこで考えてみました。

【遅れの原因は、復興を目指す重さゆえ】

遅れている原因のひとつに、目指している復旧・復興が「単なる復旧ではなく、前より格段に良くなる復興でなければならない。」という課題の重たさにあるのではないかということです。

そして、これは特に、政府や地方自治体など行政をつかさどるところで、その気持ちが強く、また被災地以外の全国の人たちに、その期待が強いように思います。当然、壊れたものを直すのだから、以前より良いものを造りたいと思うのはごく自然なことです。

しかし、単なる復旧ではない復興を目指すには、それなりの負担ものしかかり、時間もかかります。

【例えば、復興ビジョンの理解が進まない】

例えば、復旧なら今までと同じものを造ればいいけど、より良いものを造るとなると、新しいビジョンと考え方が必要で、それについて住民の理解を求めなければなりません。住民にとって体験したことのない新しいビジョンや考え方は、その概念を想像するだけで大変なことだと思います。

日頃から政府や自治体政府が住民に呼び掛けて議論を尽くし、将来への課題について一致した考え方を持ち、方向が絞られている状況なら、一切を失ったこの機会がチャンスであると政府、住民ともに思うでしょう。

しかし、そのような事を具体的に話し合うことなどなかなか難しく、実際にはほとんど行われていないのではないでしょうか。

【例えば、全員に適用できるルールの発見は難しい】

さらに、新しいルールに関するアイディアがあったとしても、そのルールが全員に共通に適用して問題がないものなのかどうなのかということも、なかなか見極められません。最初に訴えがあった人に、救済を施しても、それと同じような救済がその後に表れる申し出者全員に施す予算があるだろうかという心配も出てきます。

そうなると、最初の申し出者にはもう少し待ってもらって、もっとサンプルが出そろったところで全員に適用できるルールを造ろうかということになるかもしれません。その結果、時間がかかってしまい、待てなくなった住民が県外移住を決断するという事態を招くことになるでしょう。

【為政者の願いと住民の願いは異なっている】

より良いものを造って復興させたいと願う為政者と、より良いものなどどうでもいいからとにかく明日の生活をなんとかしたいと願う住民の意識のギャップがあるような気がします。

【復興より、まず復旧を】

そこで、考え方を改めてはいかがでしょうか。

1.  復興ではなく、まず復旧をめざす。元通りにならなくてもいいから、まずは向こう数年から10年程度の生活基盤をつくる。

2.  そのため、住居制限などの復興を目指すために必要だった制限や規制をはずし、震災前のルールを適用する。新たなルールをつくらないので議論する時間が節約できる。

3.  一方で、どの地域がどれほど危険かなど、今回の震災でわかったことを逐一公開する。

4.  みんなの生活が始まったところで、ゆっくりより良いものを造る意見交換を始める。

何かを造ってしまってから、より良いものに造りなおすわけですから、余計な費用がかかるし、一度出来てしまえば、より良いものなど考えなくなるのではないかという心配もあるかもしれません。

しかし、新しいものを造るというのは、それほどまでに負担のかかるものなのです。その新しいものが、それほどの負担を強いても魅力あるものならば、震災前だって着手できていたはずです。或いは、少なくとも構想や議論はできていたはずです。ならば、今のように、ビジョンや考え方をまとめて住民の理解を得る為の時間だってこれほど長くはかからなかったはずです。

今、なによりも一番大事なのは、被災者一人ひとりの明日の生活基盤であり、為政者と住民の間に意識のギャップがあるということを知ることではないかと思います。

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2012年3月11日 (日)

ドラッカー「マネジメント」サブノート、第34章(全61章)

34.目標による管理(MBO)と自己管理

(1)   共通の目的へ方向付けすることが必要

  企業の各メンバーは、貢献内容は異なっても、みな共通のゴールを目指さなくてはいけない。成果をあげるためには「組織全体の目標を達成する」という旗印のもとで個々の職務をこなすことが求められる。

  「石切り職人」の言い伝え :「何をしているのか」と尋ねられた3人の石切り職人の回答⇒3人目こそが真のマネジャーである。

a.  「生活の糧を稼いでいる」 :

自分が仕事に何を求めているかを心得ており、実際にそれを手に入れている。

報酬に見合った仕事をするだろうが、マネジャーにはなり得ない。

b.  「この国で最高の石切り職人としての仕事をしている」

生粋の職人やプロは技量を発揮するだけで「成果をあげている」と思い込む

企業は技量を育てなければならないが、組織全体のニーズと関連付けが必要

c.   「大聖堂をつくっているのです」

  技量面での優秀性を追い求め、あらゆる層のマネジャーを共通の目的へ着実に方向付けする両方が求められるのだ。

a.  職能別マネジャーは会社への貢献ではなく、プロフェッショナルとしての基準に照らして技量を測るだけになりがち。

b.  職能別マネジャーが技量を追求するのは道理にかなっているが、釣り合いを欠くと、会社を分裂させ、職能別の帝国が緩やかに結びついただけの状態となる。

(2)   誤った方法

  上司による誤った方向付け

a.  上司の言動、何気ない言葉、習慣が、部下の目には計画された意味あるものと映ることがあり、成果に悪影響が及ぶ。

b.  解決するには、マネジャーとその上司の目を、上司ではなく職務が求めるものに向けさせるような仕組みが求められる。

  マネジメント階層による間違い

a.  多彩なマネジメント階層ごとに懸案事項や役割が異なるために誤った方向付けが起きることがある。

b.  コミュニケーションも、共通の理解や言葉がなければ解決法にならない。

  報酬が誤った方向付けになる:報酬や報酬体系はマネジャーへの合図として強力

a.  日本の例:45歳前後まで年功で報酬が決まり、成果が報酬に直結しないため、45歳以降も取り立てられようとするために、上司の関心を買うことに腐心する。

b.  ある化学会社の例:ROI連動型の賞与だったので、初期には投資だけがかさむ製品開発活動は意欲を削ぎ、新製品開発が滞った。

  脅しによるマネジメント

a.  脅しをやめて3週間もすると、状況は戻ってしまう。

b.  威嚇によるマネジメントは、「狼が来るぞ」という叫びに耳を貸さなくなり、水面下で結託して上を無視するか、上が求める仕事をこなすため本来業務をないがしろにする。

(3)   MBOと自己管理の大切さ MBO=Management by Objectives~目標管理

  マネジャーは何を目標とすべきか

a.  上司は配下のマネジャーに何を期待すべきか、把握しておく必要があり、部下は結果を出すうえで自分が何に責任を負うべきか、心得ておかなくてはいけない。

b.  目標は常に会社のゴールをもとに決める。

事業成果は、いくつもの分野の努力と成果のバランスで決まることを理解する。

そのため、目標には、配下チームがどんな業績を目指すかも盛り込み、

自分が目標を達成するために、他部門にどう貢献するかも明確にする。

c.   短期と長期、両方の視点が求められる

目に見える目標だけでなく、組織化、育成、働き手の成果や姿勢、社会的責任のような見えにくい目標を反映させるべきである。

  マネジャーの目標は誰がどのように設定すべきか

a.  目標を承認する権限は、より上位のマネジメント層が持つが、目標設定そのものはマネジャーの責任範囲に含まれる

b.  人間関係学派の主張のように、単に「参加意識を持たせる」ようにすれば良いのではなく、配下のマネジャーが、目標を決める取り組みに責任を持って参加させる必要がある。

c.   取り組みの例~「マネジャーの手紙」:

年に二回、「マネジャーの手紙」を書かせ、それを本人の業務上の憲章とする・

手紙内容 :上司と自分の業務上の目標、自分に課せられた業務基準、目標達成のためになすべき事柄、上司・会社の行為から自分の助けになっている事柄、足を引っ張っている事柄、次年度は何を実行するか。

  測定をとおした自己管理

a.  MBOは支配によるマネジメントに代えて、自己管理によるマネジメントを可能にする。(ある人が別の人を支配する「管理」ではなく、自分と自分の仕事を方向づけること)

b.  尺度は厳密に定量的である必要はなく、分り易く、理にかなっている必要がる。

c.   自分の業績を測るため、上司ではなく、マネジャー本人に届けられる情報をもっているべきである。あくまでも自己管理のためのツールである。

  自己管理と業績基準

a.  MBOと自己管理には自己規律が欠かせない。寛大さとは無縁である。

b.  MBOは、「人々は責任を引き受け、成果をあげて貢献したい。」と望んでいるという仮定の上になりたっている。

(4)   マネジメントの哲学

  MBOと自己管理をとおして、共通の利益が全マネジャーの目標になる。

  外からのコントロール(管理)に代えて、より厳しく効果的な、内側からのコントロールが実現し、自由人として行動するのである。

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2012年3月 6日 (火)

五木寛之氏の「下山の思想」はいかがなものか

五木寛之氏の著書「下山の思想」が幻冬舎から出版されて随分売れていると、NHKの「クローズアップ現代」で聞いたので、買って読んでみました。

内容は、身近な出来事を題材にそこで感じたことを書きつづった日記のようなもので、期待したような「下山の思想」とは何かについてはあまり詳しい説明がありませんでした。ただ、ところどころに表れるそれらしい記述をまとめると、どうやら氏の言う「下山の思想」とは、

  ピークを過ぎた日本経済は下り坂に差し掛かっている、

  下りは行く先も見下ろし俯瞰できるからゆるりと行けばいい

という具合に捉えられるかなと思います。

私自身は、50歳代後半にさしかかっていますから、人生は後半に入っているなと感じています。しかし、20代や30代の若い世代がこれを読んでどう感じるでしょうか。「我々はピークなど見ていない。年寄りと一緒に山を降りろとは何たることだ!」と言うのではないでしょうか。

私は、確かに人生の後半に入りましたが、眼下に降りる先が見えると感じたことはありません。そりゃ、57年生きている中で、「目からウロコ」もたくさんありましたが、ウロコの先にまた別のウロコがどんどん重なって、以前より厚みを増しているようにさえかんじています。

また、それらを俯瞰できる余裕ができて、あまり頑張らずにゆるりと行けそうだとも感じたこともありません。

私は、日本という社会に「下山の思想」をもって方向性を見出せというのは間違っていると思います。国家は登り続けるものであり、下山することはないと信じているからです。かつてローマ帝国は滅び、インカ帝国は滅ぼされ、国が興って滅ぶ歴史を繰り返してきましたが、いずれも意図して滅んだわけでもありません。

下山して巡航速度に落ち着けばいいわけで、なにも滅びるまで降りよとは言っていないとの反論があるでしょう。しかし、国は下山して、ちょうどうまい具合に巡航速度に落ち着かせられるような簡単なものではないと思うのです。表面的には人々がゆとりある生活をおくって、あくせくしなくても皆幸せそうに見える、北欧の国々も国内に様々な問題を抱え、為政者はいつもその時できる最大限の努力をはらっています。彼らも、下山する先が俯瞰できてゆるりと生きているわけではありません。それどころかむしろ猛スピードで走っているのです。

国家は常に「造ろう」という力を養っておかないと、いずれ滅びます。海外に住んだ経験のある日本人なら、「日本という国が、当然のようにそこにあると思ってはいけない。」と感じているのではないでしょうか。年寄りがここらで暇をもらおうかと考えるのはその人の自由です。しかし、自分がそうだからといって日本人全員にそれを勧めてはいけないと思うのです。

ただ、著者が下山の必要を説く文章の中に、ひとつ共感できる個所がありました。それは「経済価値の追求はもうやめよ。」という点です。私も、世の中の価値観が多様化しているといわれながら、実は経済価値という単一価値観にどんどん収斂しているのではなかろうかと感じています。そしてそれはあまりいい事ではないと思っているのです。

日本という国は過去の歴史のなかで様々な経験を通していろんなことを学んで極めてきた。その直近のものが経済成長である。それは一応極めたのでそろそろ卒業し、別なもっと気高い価値の創造を目指してもいいのではないか・・・・と、こんな具合です。

その意味では「経済成長」という山は下りていい。しかし、それはあくまで国家の存続のため、新たな価値観の醸成と価値創造の山に登るという意味です。別な山に登るためには今の山を降りなければならない・・・。そういう意味です。ですから私は「日本は別な山に登れ」と書きたい。

別な山はいくらでもあります。品格、芸術、哲学、政治、道、絆、循環社会、戦争のない社会・・・・・。儲けを価値とする経済が興ったのは、たかだか2~3百年前で、それまで人類が追求してきた価値はもっと別なものであったわけですから。

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2012年3月 5日 (月)

ドラッカー「マネジメント」サブノート、第33章(全61章)

33.マネジメント開発とマネジャー育成


(1)   マネジメント開発ブーム、マネジメント開発とマネジャー育成が必要な理由

  1950年代以降、幅広いマネジメント・ブームの中にあって、マネジメン開発はとりわけ大きなブームに沸いてきた。

a.  大企業では、社内にマネジメント開発スタッフを持って具体的に取り組んでいるほか、無数の第三者機関(コンサルタント等)がマネジメント開発事業に参入している。

  マネジメント開発やマネジャーの育成が必要な理由

a.  自分たちの判断に従い、危機に際してもそれを守る将来のマネジャーを選り抜き、能力を伸ばさなくてはいけない。

b.  マネジメントは、政府、取引先や従業員などとの関係性をめぐる新しい課題に対処し、国境や文化を超え、環境や生活の質への責任なども求められる。

c.   企業が最小限の社会的責任(企業の継続性)を果たす。

d.  企業はマネジャーに対して、生計の手段ととどまらず、能力を最大限に引き出す課題や機会を提供して、産業界で働く人々によい人生をもたらす責務を担っている。

e.  ひとりひとりのマネジャーが成長し、キャリアの階段を上りきったときに、従来とは違った仕事に就いて新しい課題や機会を得、それまでとは違った環境や組織で成果をあげられるようにお膳立てする必要がある。

(2)   余計なものを除外する
マネジメント開発とは何かを明らかにするため、まずそれに含まれないものを明らかにする。含まれないものとは;

  研修コースの受講

a.  研修コースはマネジメント開発のツールであって、開発そのものではない。

  昇進や異動のプランニングや人材の可能性を探りだしたりすること

a.  将来を嘱望される人材を開発する一方、その他の人材を放置することはやってはならない。

b.  そんなことをしても、「高い可能性を持った」若手のうち多くが40歳になるまでに「ただ弁が立つに過ぎない」と判明するだけだ。

c.   開発は後任探しではない。「跡取り」探しをすると、ライバルがみな結束して候補者を引きずり落とそうとする。

  対象者の人柄を変えて別人のようにすること。

a.  従業員は成果をあげる義務を負うが、忠誠心、愛情、特定の考え方を示す義務は負わない。

b.  人の心を操作しようとする傾向は温情主義のもとでの人心操縦と同じく、非難されるべき。成人の人格は変わらない。すでにある人格と能力のままで成果をあげさせるべきだ。

(3)   開発の二つの側面 :マネジメント開発は下記2つの側面を持っている。

  マネジメント力の向上 :組織の役割

a.  まず、どのようなマネジャーやプロフェッショナルが求められるかを自問する。

b.  内向きではなく、外向きの取り組みである。

c.   マジメント力向上は、市場をプランニングし、製品を設計し、既存の職務や組織を刷新する営みであり、人事というよりもプランニングである。

  マネジャー育成 :基本的には本人の責任

a.  育成のためには、業績を査定すべきである。

ž 査定に当たっては、必ず本人と協力しながら進め、本人・上司が相談して決めた業績目標に対する実績を出発点として本人が自己査定しなければならない。

b.  自己啓発へのモチベーションを生み出すことは本人にしかできない。上司は部下が自己啓発を重視し、その方向性を見出し、努力を払えるよう手助けする責任がある。

ž 自己を啓発するには、実務経験、模範となる上司の存在が重要である。

ž 自分の能力向上に努める、上司はまたとない優れた手本である。

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2012年3月 1日 (木)

外国為替相場推移と今後の為替動向判断材料(2012年2月末現在)

【米ドル】

2月は一本調子でドル高に向かった展開でした。

1月に日本の貿易赤字転落報道から旦78円台まで買われた後に76円まで戻したまま月を越していましたが、2月は円売り材料、ドル買い材料、ユーロ買い材料と、いずれも円安を促す材料が揃った感じです。順番に見ていきましょう。

まず円売り材料としては、日銀の、1%のインフレ目途導入、資産買買入基金規模の10兆円増額という緩和方針の決定です。「目途」とは、達成に責任を負う英国の「インフレ目標」とは異なりますし、1%という水準もインパクト強いものではありません。それでもいままで具体的な数字での表現がなかったので、市場は素直に受け取ったようです。これが中旬の相場を78円台まで持っていきました。

ドル買い材料では、雇用統計や失業率、米ISM非製造業景況指数等の主要米国経済指標が予想より良く、米金利が上昇したことです。中旬に明らかになった、「景気悪化なければ追加緩和はない」趣旨のFOMC議事録も、「経済指標が良いのだから、緩和はないな」との判断となり、ドル買い材料となりました。

他方、ユーロ買い材料としては、一連のギリシャ支援策協議が合意に達し、当面のユーロ圏財政不安が遠のいたことでしょう。これらいずれも円売りを誘う材料が重なって、月末近くには、約9ヶ月振りに81台後半水準まで円安ドル高となりました。

【ユーロ】

2月は、小幅ながら後半に一段高となる展開でした。

1月は、最高潮に達したユーロ売り持ちの持ち高巻き戻し(ユーロ買い戻し)の動きが見られましたが、2月に入って前半は不安な材料も多かったため、その動きも一服といったところでした。不安な材料とは、まず第2次支援条件でギリシャ政府与党間の協議が難航しているとの報道です。他に、イタリア、スペイン等ユーロ圏6カ国格付けや多くの金融機関の格付けの引き下げ報道が五月雨式に出されたことも、さえない相場となった要因となり、久しぶりに1.30台を割り込みました。

しかし、後半ではギリシャ支援に関わる懸案が合意された(ギリシャ政府が支援条件の緊縮財政を受容れる、債務削減の幅についての決着など)ことで、3月20日のギリシャ国債大量償還への懸念等のユーロ圏財政不安が後退したことから、1.35水準まで回復しました。月末は1.33台前半で終わっています。

【今後の短期~長期予想】

短期予想で、注目すべき材料は、欧州問題と米国主要経済指標でしょう。

欧州問題では、ギリシャ支援の条件について合意されて当面の欧州財政不安は後退したものの、合意された条件が履行されて実際の支援が実現するかどうかはまだ分りませんし、財政政策と金融政策のねじれという構造的な問題がまだ残されているいじょう、ちょっとした材料にも敏感に反応する可能性があります。ここに市場のユーロ売り越しの巻き戻しが重なれば、短期ではユーロ買い戻しに振れる可能性の方がその逆より大きいと思います。

米国主要経済指標については、当局の金融政策姿勢とのかかわりで見る必要があります。すなわし、良い指標が発表されれば、追加の金融緩和策を打ち出しにくくなって金利が上昇、ドル買い(円売り)をもたらし、逆はドル売りをもらすということになります。

上記から短期的には、円はユーロや米ドルに対して売られるセンチメントにあります。

しかし、中期では、欧州問題も米国金利動向も、もっと長い流れがあることを忘れてはいけません。欧州では上に書いたような、金融政策と財政政策のねじれという構造的な問題、米国ではFRBが先に打ってきた緩和策や政府に課された財政緊縮策です。いずれも、短期のセンチメントとは逆の材料ですから、ユーロも米ドルも円に対しては弱いということです。円高圧力からはそう簡単には逃れられません。

ただ、注意が必要なのは、長期予測とのかかわりで、日本の貿易赤字定着化と経常収支赤転です。数年先の長期予測として、この国際収支を材料に大きく円安に向かうとの予想は変えていませんが、これを見越した投機行為が短期・中期でも円安を誘い、それがそのまま長期の円安として定着するかもしれないという可能性です。

私は、中長期経営戦略に生かせる為替相場変動予測者を標榜していて、売ったら(買ったら)買い(売り)戻さざるを得ない投機行為は眼中にありません。しかし、その投機行為が中長期の実需を正しく見越したものである場合は、投機者の買い(売り)戻しが将来実需に吸収される形で、投機によって形成された相場水準がそのまま引き継がれる可能性があります。

この場合は、中長期の変動材料が短期にも通用する可能性が出てくるでしょう。

【短期的な材料(1ヶ月前後)】

1.   米FRBの追加緩和策に関する姿勢。主要経済指標とのバランスで見る。

2.   米ファンダメンタルズ・景気動向(経済指標)良好ならリスク回避策後退し、ユーロ買い戻し、円のつれ安。

3.   ギリシャ支援合意内容の実行状況(緊縮財政などの条件履行など)。

4.   欧州各国の国債入札状況でユーロ不安の進行・後退を占う円買いパターンか、ドル買いパターンか。緊急時誘導性不足と絡むと円安パターン。

5.   欧州財政・金融システム不安から派生する当面の流動性確保の動き(米ドル買い)

6.   主要6中銀のドル資金供給協調策(~2012/1金融システム不安による緊急時流動性確保需要を緩和し、当面のドル堅調材料減退。

【中期的な材料(数ヶ月)】

1.   将来の円売り材料(日本の貿易赤字定着化、経常赤字化)を見越した投機行為横行。

2.   日銀の金融政策(2012/2月発表:インフレ目途1%、資産買入基金規模5565兆円)効果。

3.   過去最高水準に達した、市場のユーロ売り持ち高巻き戻し開始(2012/2月)の持続性。

4.   日本:円高対策パッケージ(日本企業の海外投資支援の為JBIC通して$資金融通(残額を円投させる)、主要銀行に持ち高日次報告義務付け)

5.   本年第1四半期に、PIIGS諸国の国債大型償還あり、欧州資金繰り問題から緊急時流動性不安になるとドル高円安。

6.   主要6中銀のドル資金供給協調策(~2012/1金融システム不安による緊急時流動性確保需要を緩和し、当面のドル堅調材料減退。

【長期的な材料(数年)】

1.   日本:復興需要と製造業の海外移転で輸出競争力低下貿易収支悪化経常収支悪化

2.   米国:2013年半ばまでとしていた超低金利(ゼロ金利)政策を、2014年末まで継続すると決めた。

3.   円高対策パッケージに含まれる、日本企業による海外投資支援策(ドル建て支援だが長期的にはじわり効果)。

4.   円高利用の対外投資は、将来の対外債権を増やし、経常収支維持に貢献する長期には円安遠のく。

5.   欧州連合の安定運営に向け、制度変更を伴う議論が開始されない限り、ユーロの下押し圧力が継続する。

6.   米国:「米国債務上限引上げ法案可決と引き換えに、財政赤字削減2兆ドル以上」は今後2年間にGDP0.20.5%押し下げる影響

7.   米国金融危機に続いた欧州金融・財政不安が、世界的なデフレに発展すると、円実質金利が相対的に低下し、円売り材料となる。

8.   日本:貯蓄率低下・国債残高膨張による国債消化力低下財政破綻

9.   TPP参加に向けた協議開始。貿易収支悪化懸念を緩和し、長期には円売り材料が多少後退する。

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