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2015年7月14日 (火)

新国立競技場の非常識な整備計画と義理人情にまみれた芸術的判断の愚かさ

新国立競技場の整備費用が莫大であることが物議を醸しています。ちょっと前はなぜこんなに騒ぐのかなと思っていたのですが、新聞やTVの報道を聞くと、やっぱり憤りを感じます。

 

だって、2,520億円もかかるというではありませんか。

 

この金額だけ単独でみてもイメージわきませんが、面子にかけてオリンピックを成功させると息巻いていたあの中国でさえ、北京オリンピックのメインスタジアム建設費用が500億円程度、別の比較では、東京スカイツリーが6以上も建つなんていうことを聞くと、2,520億円がいかに異常な規模であるかがわかります。

 

しかし、当事者はあくまで押し通すつもりらしい。この新国立競技場だから、オリンピック招致が成功したのだとか、安倍首相が、プレゼンで、世界のどこにもない競技場だと言ってスクリーンに映して見せたから、いまさら撤回できないとか、ラグビーワールドカップに間に合わなくなってしまうから、もう引き返せないとか言って、もう他に選択肢がないという言い方です。

 

まず受けのいい事ばかり並べ、選択肢を捨てさせておいてから正体を見せるという作戦だったのでしょうか。どうやらそんな緻密で計画的な確信犯でもなさそうです。一部には、「今は大変な思いをするかもしれないが、将来には必ず貴重な遺産になる。」と信じきっている人さえいるようですし。まさに芸術的判断ですね。エジプトのピラミッドのように三千年待てというのでしょうか。

 

しかし、今の日本には芸術的判断をエンジョイする余裕はありません。少なくとも経済合理性にかなったものである必要があります。その点はどうでしょうか。

 

いくら初期投資が莫大でも、その後の運営でキャッシュフローが生み出せるなら、いつかはそれを回収することができ、事業全体としては経済合理性があるといえます。例えば、2,520億円かかっても、今後の使節運用で毎年10億円のキャッシュフローを捻出することができれば、252年で回収できます。限界利益がプラスでありさえすれば回収は時間の問題なのです(金利など細かい前提はとりあえず無視)。

 

ところが、修繕費やメンテナンスコストを考慮すると運営においても赤字になるというではありませんか。民間であれば、限界利益がマイナスのプロジェクトは最初から検討の台に上りませんよね。いったい何を考えているのやら。

 

そんな杜撰さが明らかになったのだから、とっとと撤回して別な計画を立てたらいかがですか。しかし、日本人はそれもできない。

 

一流の企画者がせっかく考えたんだからその顔を立てなければならないとか、あの人には義理があるから途中で裏切るわけにはいかないとか、梯子をはずすような真似をすると人情がないと後ろ指さされるとか、そういった美しい人間関係の中で合理的な判断ができなくなっているのだと思います。

 

思えば、太平洋戦争に突入した経緯もそのようなものではなかったか。福島原発での事前の備えもそうではなかったか。ひょっとしたら、今般の安保法制だってそんな義理と人情で進められているのかもしれません。恐ろしい事です。

 

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